約束の地 vol.1

ED直前の話

カツン、─と窓に何かがぶつかる音がして、ガイはオルゴールを回す手をふと止めた。
「─まさか!」
慌てて駆け寄り大きく開いた、部屋の窓の外には、いつもの風景がいつもと変わらずあるだけだった。
「・・・。風が出てきたのか。」

首都グランコクマに構えるガイの住まいは、爵位を持つ者にしては質素だが、それでも一応中庭らしきものはしつらえてある。ペールに頼んで、ファブレ家にある植木と同じ種類のものを植えてもらってあった。 私室のすぐ外側には、枝ぶりの大きな、1本の落葉樹が立っている。さっきの音はどうやら、風でその枝のうちの1本が窓に当たったもののようだ。 この樹は昔、ルークと一緒に登った樹によく似ている。そして幼い頃のルークは眠れぬ夜などにこっそりと、ガイの部屋の外側に回ってきては、窓に小石を投げて起こしに来たものだった。
「お互いに、もう子供って歳じゃないのにな。」
パタン、と窓を閉めるとガイは、再びオルゴールの前に戻った。

先日ピオニーに依頼されて作製したオルゴールは、意外と早くに作り終わった。それは燃料の乏しくなった譜業装置としてではなく、自然光を自動的に溜めては動力に変えて動く装置として完成させた。燃料の補給も要らず、ブウサギ達への効き目も抜群で、ピオニーはその出来栄えに大変満足そうであった。
その時についでに、自分用のオルゴールも作ってみた。しかしこちらの方は、オルゴールの横から出ている金具を、人力で何度も回転させなくてはならない所謂、昔気質の手動で動くようにしておいた。こちらの方は多分に面倒ではあるが、手をかけなくてはならない分、オルゴールへの愛着が増す。しかも心なしか、音色がピオニーに渡した物よりも一段と温かいものに感じられるのだった。 きりきり、と金具を回し続け、いっぱいまで動力を溜め込むと、ガイは目の前の床に座りその音が出てくるのを待った。

やがて流れ出したその音色は大譜歌と同じ旋律を奏で始めた。 シェリダンのオルゴール屋敷でティアに再会した時に、彼女に頼んで大譜歌を音盤用の譜面に起こさせてもらったのだ。彼女は快く承諾し、その場で何度か歌って声を吹き込んでくれた。大譜歌の音色を流すことで、ルークの帰りの手助けに少しでもなればと願う、ガイの気持ちを、ティアはすぐに察したのかもしれなかった。
ガイは、しかしティアの歌声が入っている方の音源は音盤にはせずに、自宅の机の引き出しに大切にしまっておいた。
「お前がいない所で、なんて、聴けないだろう?」
彼はどこまでも気遣い屋であった。

オルゴールから流れ出る優しい音色に酔いながら、ガイは最終決戦直後のルークの姿を思い出していた。
“お前の身体の音素が乖離を始めていたのはとうに気付いていたさ。でも俺がお前のしようとする事を止めることはしたくなかった。お前が全てを承知の上で尚、ローレライの解放を望んでいたからな。
その決意を俺だけの感情で汚したくなかった。本当は辛かったんだぜ。我が身を斬られる程にさ。力ずくでも止めたかったが、それは俺の単なる我侭なエゴだからな。
それに俺は、お前が変わっていくのをこの目で見続けた。そして改めて、俺が剣を捧げるに足る人間だとお前を認めたんだ。そのお前が決めた事だ、俺が止められるはずもない。だが・・・”
オルゴールは既に鳴り止んでいた。風が窓を叩く音だけが響いている。
「こんなことになるんなら、あの時お前を強引にでも連れて逃げていれば・・・」
そこまで呟いてガイはハッとし、自分の邪まな考えに恐ろしくなった。

約束を信じていない訳じゃない。ただどうしても現実が見えてきてしまうのだ。自分はただ純粋なだけではない。都合の悪い事から目を背けている程子供じゃない。俺は本当は、信じようとしているだけ、なのか?信じたいだけ、じゃないのか?
そこまで考えて、ガイはふるふる、と首を振った。
─いや、違う。そうではない。
ルークは帰ってくると、やはり信じている。その気持ちに嘘はない。
だからこそ、今日この日に、あの場所へ向かうのだから。
そしてきっと今日、俺の中で何かが変わるだろう。
この目でそれを確かめたい。 目を逸らしちゃいけない。
自分の気持ちにくぎりをつけるためにも─。

きっ、と唇をかみ締めて立ち上がり、つかつかと歩き出すと、ガイは思い切り自分の部屋のドアを開いた。

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