傾きかけた午後の日差しが柔らかく温かい光を漂わせ、つい今しがた出来上がったばかりの設計図面の上を、ゆっくりと照らし始めた。
「もうそんな時間?」
トレース台にむかって今日も朝早くから、新型陸上走行艦の製図を引いていたノエルは“ううーん”と軽く伸びをした。かなり長い時間集中していたらしく、凝り固まった身体からはあちこちから、ぽきぽきと骨の軋む音がした。
この所、勢いを増して次々と開発されている新燃料機関を、実用的な物にする為の図面起こしは人手が間に合っておらず、ここシェリダンでも総出をあげて行われていた。
実際に組み立てて試験的にテスト走行をしている兄のキンジは、この地味な作業の自分の担当分一切を、妹であるノエルに押し付けていた。
「私だってテスト走行に参加したい。でも・・・。」
ノエルはそっと、自分の左後ろで作業をしているはずの人物を振り返り見てみた。彼はノエルの起こした図面のパースの誤差をチェックしたり、数値を再度計算し直したり、コンピューター画面上で立体映像化させたりして、彼女に任されている仕事を手伝ってくれていた。
ノエルが見ているにも関わらず、その視線には気付かないようで、彼は一心不乱に図面の数値と向き合っているようだった。
ポコポコ、と音を立てている、こちらも大分前から沸いてしまっているらしい、珈琲自動作成器に向かって、ノエルは踵を返して歩み寄った。
「良かったら一休みして下さい。ガイさん。」
コトリとその珈琲の入ったカップを机の上に置くと、ノエルは話しかけた。
はっ、と突然我に返った様な表情をしたガイは、次の瞬間には、
「─おお。これはうまそうだな。どうもありがとう。」
と言って、いつもの表情に戻っていた。
「どうですか、調子は。」
「うーん、まだまだだね。もっと時間を掛けずに出来るようになればいいんだがなぁ。」
と返事をしたガイだったが、口にした珈琲が沸き立っていたのにも気付かなかったらしく、熱つっ!と叫ぶとその場で飛び跳ねていた。
ガイがノエルの仕事を手伝いたい、と訪ねてきたのはつい1ヵ月ほど前のことだった。元々音機関好きだった彼が、もっと専門的に詳しくなって仕事として成り立たせたい、と言うのは別段不思議なことではなかったが、ノエルには、ガイのその、普段見せることのない切羽詰った感じが、どこか不自然に思われた。
しかし彼女はそんな彼を深く追求することはせず、わかりました、とだけ返事をして、自分の仕事で簡単な作業から彼に教えてやっていたのだった。
ガイはとても飲み込みが早く、既にノエルの手伝いを出来るほどの戦力になっていて彼女はとても助かってはいたのだが、本国グランコクマでの仕事も充分あるのに、空き時間や休みの日まで時間を惜しんで使って、ここに入り浸りになっている彼の、何かに取り憑かれでもしたかのように仕事をこなす様子に、きっと何かあったのだろうとは推測していた。
(兄から先日、それとなく聞かされはしたけれど・・・。)
ノエルは敢えてガイには何も聞かなかった。自分がでしゃばって聞いた所で、ガイを余計に傷つけるだけのような気がするからだ。
(私がガイさんにしてあげられる事はこんな事だけ・・・。)
時折とても思いつめたような顔をしているガイの姿を見て、ノエルは陰ながら心を痛めるのであった。