一体どれ程の高さから降りてきたのだろう。
眼下には群青色の大海原が広がっている。
かなりの時間同じ風景を見続けてきたが、ようやく先程までぼんやりとしか映っていなかった大地に降り立つことが出来る位の高さまで近づいてきた。
とうとうここまで来た。
長い、長い時を経て、形作られたこの身体。
もうすぐ元いた世界に還ろうとしている。
最初に降り立つのは、この場所が良かった。どうしても。
ここはホドが見渡せる。全ての始まりの地。
そして何よりも、約束したから。
生きて、再び、会うことを。
「約束は果たす。だが・・・。」
男は呟く。
「確かにあいつはいる。あいつを感じる事が出来る。」
“燃えカス”と呼ばれた自分の過去を思い出していた。
それと同時に、初めて知った過去もある事に気付く。
自分の中の記憶が確実に増えているのが分かった。
あいつの記憶が入っている。
どっちが自分でどっちがあいつのものだかも判る。 しかし何なんだ。この感情は。
気付けばボロボロと涙を流していた。俺は悲しくなどは、ない。
「俺の、というより、あいつの涙だ、これは。」
男はぐい、と頬を拭ってみた。やはり泣いていたようだ。
おい。
もう一人の、自分を形作っているはずの者、に話しかけてみる。
おい、ルーク。返事をしろ。
先程から何度か呼びかけているが、やはり返事はない。
「記憶だけ俺の中に残して逝っちまった訳じゃ、ねえよな?」
もしそうなら、と考えただけでも憤りを覚える。
いや、あいつは確かに、いる。自分には解る。
この身体に留まれ、とあいつに俺は言った。一緒に生きてやる、とも。
何故だか解るか?ルーク。
お前の代わりは誰にも出来ねぇ。勿論俺にもだ。お前じゃないとな。
トン、と大地を踏みしめると、自分を覆っていた光は完全に消えた。
渓谷から漂ってくるのは、セレニアの花の匂いだろうか。
あの広場からはまだそうとう距離があるようだ。
きょろきょろと辺りを見回すと、甘い香りがしてくる方向へ、男は歩き始めた。
少しずつ香りが強くなってくるにつれ、フラッシュバックしてくる記憶の多さとその強さに、男は眩暈を覚える。
─初めて踏んだ外の世界。開放感と不安感。この眼に見えない物に対する恐怖。 若い女の顔。彼女のペンダント。・・・早くここから出たい。
─二度目の場所。変わった自分。誇らしく嬉しい想い。懐かしい。隣にいるのは、ティア。
苦しい。
男は胸を押さえた。
苦しい。切ない。愛しい。
そんな想いが溢れ出し、男はカッ、と両眼を見開いた。
「これは俺の想いじゃない。あいつの想いだ。」
くそっ!と男は吐き捨てる。残っているのは記憶だけなんかじゃない。
「俺が・・・お前になってどうする!お前の感情はお前にしか、昇華できねぇじゃねぇか!」
怒りにも似た感情が、それと同時にふつふつ、と沸いてくる。
「・・・いるのは分かっているんだ。出てきやがれ、ルーク!」
そこには見えない誰かに向かって、叫んでいる声が一段と大きくなる。
「俺の身体を使え、とは言ったがな、思念だけ残してどうすんだよ!お前が自分でやらなくちゃ意味がねぇんだよ!おい!」
二つの激しい感情と、大声を出し続けたせいで、男ははぁはぁ、と荒い息を吐き出した。
するとようやく、自分の中に、別の声が響いてきた。
本当のルークは一人しかいないんだよ・・・アッシュ。