「閃空翔裂破!」
ビュウッ、と回転しながら飛翔したガイの周囲に、刀に伴った風塵が舞う。
仰け反り散った獣群との間合いを詰め、一体ずつ確実に仕留めてゆく。
この所鈍りがちだった身体を鍛え直す為に、久し振りにライフセイバーの調練をしようとイスパニア半島の海岸近くまで来たガイは、気付くと周囲をナイトレイド達に囲まれてしまっていた。
この海岸付近の採集ポイントでは神木が採れるため、ついでに何本か持ち帰ってフルメタルエッジでも作製するか、と思い立ち、脇道に逸れた矢先の出来事だった。
「集気法!」
一度、戦闘で減った体力を回復させる。
ナイトレイドは足が速いため、素早い突き技を持ったガイでも、たまに空振りをしてしまう。
「・・・気高き紅蓮の炎よ、燃えつくせ。鳳凰天翔駆っ!」
残っていた何体かの獣達を、ガイは秘奥義にて一掃した。
はぁ、はぁ、はぁ・・・。
カチリ、と刀を鞘に収めると、荒くなった呼吸を整えた。
「やっぱ、ちと、怠け過ぎ、ちまったな・・・。」
皆と旅をしていた頃は何ということも無かった連続戦闘も、息があがったままになってしまっている。 最も、今日は単独戦闘であるのだから、ある程度は仕方が無い事なのではあるが。
「とにかく、神木を採ったら海岸線まで戻ろう。」
ガイは採集ポイントまでの道のりを急いだ。
タタル渓谷付近の海岸は、マルクト帝国の本土からは海を隔てているので、一人で集中特訓をするのにはもって来い、の場所だった。わざわざローテルロー橋を渡ってまで調練しにやって来る、軍の部隊などはまずいない。
過去にライフセイバーの資格を取っていたガイだったが、ここ数年は海で泳ぐことも無くなっていた。大地が魔界に降りた当初は、海水すら汚染されていて、とても入水できる状態ではなかったからだ。
瘴気が無くなり、漁業地安定確保のための水質改善事業が行われ、最近になってやっと、海岸沿い位でなら泳げるようになったのだ。
水中での調練は、身体の一点に負担を掛けずに、全体の筋肉を鍛えることが出来ることと、肺活量を増やすことによって肺機能の向上が見込めることが、大きなメリットだった。
「採集して戻ったら、先にテントと火起こしをやっておくか。」
海中訓練のメニューを考えながら、ガイは連泊するつもりで持ってきた、重量の荷物を背負いなおした。
昨夜グランコクマの自宅へ戻ったガイは、それからすぐに手紙を書き出した。
本国での仕事が溜まってしまったので、という、とってつけたような理由を書き、その為申し訳ないが当分シェリダンには赴けそうにない、としたためて、ここへ来る途中にノエル宛に送っておいた。
自分が彼女と顔を合わせない様にする事が、故意では無かったにしろ結果的に甘えてしまった彼女に対しての、ガイなりのけじめをつけているつもりだった。
「・・・すまない。ノエル。」
今朝出仕してみると、祝日連休に入っているせいで会議などの開催予定も無く、皇帝も何故か不在であったので、ガイしか出来ない仕事というものも無かった。
ガイは、丁度いい機会なのでライフセイバーの調練と称して、ゆっくりと自分を見つめ直そう、と一人、旅に出てきたのであった。
「水の中はやっぱり、気持ちがいいなぁ。」
何十回目かの潜水練習から海上に顔を出したガイは、生き返った、とでも言う様な面持ちでプカプカと波に浮いていた。
瘴気の晴れた青くて広大な空、水質の戻った透き通った海。
そして遠くに見えるのは、タタル渓谷の山並みと・・・エルドラント。
「人間なんて、ちっぽけなもんだ。」
ガイは思う。
自分が一生懸命悩んだ所で、それは自然の大きさに比べたらちっぽけなものだ。目先の事にこだわり過ぎてがんじがらめになって、動けなくなるように仕向けていたのは自分自身だ。
「お前がすぐ死ぬ死ぬ、と言うから、あの時俺は、生きて償え、這い蹲ってでも、石にしがみついてでも生き続けろ、と言った。」
それは今でも勿論、そう思っている。
だが、そう言った自分の方は今、毎日を“生ききる”って事を放り出してしまっているような気がする。
ガイは自分の毎日を省みる。
1日1日を“生ききる”。出来ることは全てやる。
自分がやれる事を精一杯やる。結果は最後に着いてくれば、いい。
「自分では解ってたつもり、なんだがなぁ。」
“ルーク”が還って来た日の事を思い出す。
「お前と再会してから情けないことに、すっかり心が乱れちまった。それからの俺は毎日、もうなんつーか、全てにおいて、ヤケクソ?みたいな感じなんだよなぁ。」
立ち泳ぎをしながら、エルドラントを望む。
己の志のままに生き、そして己の志によって逝ってしまった古くからの友人、ヴァンデスデルカ。
あいつも、捕らわれ続けた人間の内の一人だった。
自分から捕らわれたりなど、してはいけない。自分で自分を解放してやらなけりゃ、他の誰も解放なんてしてくれやしない。
「あいつがやった事は、許される事ではない。けれど・・・。」
ガイは思う。
掛け違えたボタンがあと一つでもずれていれば、ヴァンは死なずに済んだのだろうか。
「あいつは、自分で自分の道を選んだんだ。それで消えたのだから、きっと本望だろう。」
ルークだって、そうだ。だから俺は何も言わずに行かせた。
「あいつは生きたがってた。しかし選んだのは人類の未来だった。そうする事で、自分の未来を自分で選んだ。後悔はないだろう。」
ガイがそう思えば思うほど、耳にルークの残した言葉が蘇る。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。
その言葉がガイの胸をえぐる。
「頭では・・・解ってる。だが、気持ちがついていかないんだ。」
ルークは、今のこの世界にとっては英雄だ。
しかし自分にとっては親友、であった。
ヴァンは、今のこの世界にとっては大罪人だ。
しかし自分にとっては古い友人、であった。
人の目線など、どうでもいい。自分で計った定規で物事を見たい。
例えそれが間違っていたとしても、自分でなら自分を修正してやる事が出来る。流されたくは、ない。
「くそおぉーっ!」
ガイは咆哮した。
軟弱な自分を奮い立たせるために。
今、泳ぐ事を止めてしまえば、いずれ、この海の底に沈んでしまう。
ここで沈まないように。いつか必ず辿り着くために。
ともすると捕らわれてしまう、自分の感情を振り払うかのように、ガイは大きなストロークで岸に向かって泳ぎ始めた。