満天の星空の下を、ナタリアとセシルを飛空挺に乗せて、キムラスカ王国まで送っていきながらギンジは、道中でずっとやり取りされている二人の会話に一度も口を出すことはしなかった。
ピオニーとの対面が終わってから、陛下のおかげで穏やかな気持ちになれましたわ、と話すナタリアと、姫様のそんなお顔を見られる事が出来て心から嬉しく思います、と話すセシルとの間に流れる、信頼感溢れる空気の中に、自分が無造作に入っていったりしてはいけない気がしたからだった。
ナタリアの口から語られるアッシュへの深い想いを、そこでギンジは初めて聞いた。
彼の気持ちを慮って、自分は陰ながらにでも彼を支えていきたい、という彼女の真心を知り、 色恋沙汰に疎いギンジですら、
(こういう愛し方、というのもあるんだな。)
と思い知らされた。
自分は誰かをそこまで想った経験はまだない。
機械いじり一辺倒で生きていた自分には、それ以上に自分を夢中にさせるような魅力を持った人間には、未だ会った事が無かった。特にそれを不満に思ったことも無い。
(・・・あいつ見てると、人を好きになるのが怖くなってきちまうんだよな。)
ギンジは、真空管を通して聞こえてきた、妹ノエルの声を思い出していた。
ルークの時といい、今回のことといい、あいつはいつも報われない。
自分が報われないのが解っていても、相手の事を一番に考えるということは、一体どういう心境なのだろう。
ギンジにはよく解らなかった。
これからあいつはどうするのだろう。叶うことの無い自分の想いにずっと苦しむのかな。あいつはそれで満足するのだろうか。
一生懸命考えてみたが自分にはやっぱりよく解らない。
そんなことを考えていると、セシルの艶のある声が聞こえてきた。
「私はアスランの婚約者ではあったけれど、一人の軍人でもありました。
崩落大地で彼に助けられた時、彼も軍人として命をまっとうしようとした私を叱咤し、そして理解してくれました。
だからもし、彼が向かおうとする場所がたとえ死の瀬戸際にある戦場だと知っていても、彼は行くのを止めなかっただろうし、私も止めなかっただろうと思います。
彼に起きたことを一人の女性として嘆き悲しみはしましたが、今は一人の人間として心から彼を誇りに思います。」
それを聞いたギンジはドキリ、とした。
セシルの、フリングス将軍への深い想いが伝わってきたからだ。
愛する人間を失う恐怖を乗り越え、その人間の意志、行動、思いを理解し、賛同するということ。
その人間への自分の感情を犠牲にするということではなく、強い想いがあるからこそ、相手を敬い、協力し、援護するということ。
セシルの想いを聞いてギンジは、一人の人間を“愛する”ということの意味を、少しだけ理解出来たような気がした。
彼女達の想いを、偶然ではあるが耳にして、ギンジは何か自分に出来ることはないか、と思い始めていた。
(俺にできることなんて、たかが知れているけれど。)
ノワールの所で最後に会った時のアッシュを、ギンジは思い出していた。
何か、とてつもなく大きなものを抱えている様な、それを含めた色々な事柄とずっと孤軍奮闘している様な彼の姿。
そして、とても大切な、それでいて、か細い何かを辛うじて支えにして生きているかの様な彼の姿。
(アッシュさんに、ナタリア様のことを話してみよう。)
ギンジは勝手に決めていた。
自分では伝えることの叶わない様子のナタリアの彼への強い想いが、もし、ほんの少しでもアッシュの力になれるのならば。
そして自分がこれからしようとしている事が、ほんの少しでもアッシュの為になるのならば。
(アッシュさんにしてみれば、俺のすることは大きなお世話かもしれないけれど、まだ少し意地を張ってるアッシュさんには、この位押し付けがましく、無理矢理なやり方の方が、存外効くかもしれないしな。)
と、自分が思いついた秘策に酔いしれていたギンジは、ナタリアを送迎した事をアッシュに言うな、とピオニーとノワールに口止めしていた事もすっかり忘れて、満足そうな様子であった。