「・・・あの子は、ほんとに、真っ直ぐって言うか、無鉄砲って言うか。」
その話を何日か経ってからアスターから聞いたノワールは、驚く以上に呆れてしまった。
あれほど周りが心配していたというのに、その当事者本人が自ら火中へ飛び込んでいくなどとは。
その「本人」とは、預言の無くなった世界に対して未だ抵抗をし続ける反組織団体“義勇軍”に、この世界を作った超本人を彼らの対抗者としての末路をおくらせる見せしめとするために、密かに命を狙われていた“ルーク・フォン・ファブレ”の事だった。
ケセドニアを経由して、各地に散らばる物資の輸送馬車を狙って、そこへの襲撃を画策するため彼らがいつも集まっていた野営地にその日“ルーク”は先回りし、その中の下っ端の首根っこを捕まえると、彼らの組織のトップに自分を会わせるよう脅しをかけた。
アスター曰く、その後彼は、義勇軍の本拠地へ乗り込んでいった、と言うのだ。しかもたった一人で。
「古風なあの子らしいやり方だけどねぇ・・・。」
ノワールはぼやいた。
伏兵を配備する事も三国の軍の要請をする事もなく、本人も戦闘のための服を着るでもなくいたって普段どおりの軽装で、唯一の殺傷道具である腰に帯びた大剣すら相手に預けて、“ルーク”は単身、敵の本拠地へ乗り込んだ。
目隠しをされて何かに乗せられ彼が連れて行かれた先には、入り口がえらく狭くしかし中は相当広い、という、どこかの洞窟らしき場所の一角があった。
警戒心を露にするガラの悪い連中に囲まれながら、“ルーク”が言われたままその場で暫く待っていると、奥から供を引き連れて、彼らの指導者らしき人物が出てきた。体つきは華奢ですらりと背は高く、この大勢の人間達の中でもひと際異彩を放つ彼は、“ルーク”が噂から想像していたよりも、とても若い人物のように見えた。
「ここへ単身でやって来るなどとは、君は相当見上げた根性の持ち主らしいな、ルーク・フォン・ファブレ君。」
そう、鋭い目つきで一瞥し、不敵な笑みを見せた彼に“ルーク”は言った。
「・・・お前達の気が済むのなら、俺の命などいつでもくれてやる。だがその前に一つだけ約束しろ。今後一切、一般市民には手を出さないと、な。」
無表情で、しかし真っ直ぐに射るように視線を送ってくる“ルーク”を見、すっ、と笑みを消した若き指導者はその鋭い目を光らせた。
「この救いのない世界を作った一部の愚かな奴等のために、自ら進んで犠牲になる、というのかお前は。」
“ルーク”は表情一つ変えずに答えた。
「てめえがどう思おうと、それはてめえの勝手だ。俺は、そんな大層な大義を持ってる訳じゃねぇ。 遅かれ早かれキムラスカ・マルクト両国は、市民を守る為に全軍を挙げてお前らを鎮圧にかかるだろう。しかし、それではいつまで経っても埒が明かねえ。堂々巡りだ。
そんなくだらないことが、この俺の身一つで回避出来る、と言うのなら、俺は今ここで殺されることも厭わない。」
現に“ルーク”は無防備だった。実際今ここで彼を抹殺するのは簡単なことだろう。
“ルーク”と若きリーダーは無言のまま、長い間視線を合わせ続けていた。
しん、と静まり返った円の中でリーダーは、何か別の思案をめぐらせているようにも見えた。
その内彼はふむ、と納得したように頷くと、その後ゆっくりと口を開いた。
「・・・お前のその度胸に免じて、ここは我らが引くことにしよう。」
「リーダー!!」
自分達の指導者の言葉に仲間達は一斉に抗議の声を上げたが、それは、黙れ、という彼の一喝で沈静化された。
「こいつはここへ、たった一人でやって来た。武器を装備することもなく、しかもそれを自らこちらへ差し出した。
こうして、我等に対して礼節を尽くしてくれたこいつの、これからの生き様を、私は見てみたい、と思う。こいつが一体どんな姿を見せてくれるのか、我らは大いに期待して待つとしようではないか、なぁ?諸君。」
自分達の信頼している指導者のその言葉に、彼らはぐうの音も出なかった。
“ルーク”は落ち着いた声でリーダーに答える。
「預言が無くとも、誰もが安心して暮らせる世界を、真の意味での、平和な世界を造っていく事にこの身を捧げる、と俺はお前に約束しよう。」
「・・・本当だな。」
「ああ。俺は出来ない約束はしない。」
そんな二人のやり取りを、周囲の人間は無言で見つめ続けていた。
“ルーク”の言葉を聞いたリーダーは、フ、と俯き笑って、
「君と私は、手法が違うだけで目指すものはどうやら同じ様だ。」
と勝手に結論づけた。そして、
「お前が目指す世界をこの目で見るまで、我らは抵抗をし続ける。しかし一般市民には手を出さないとこちらも約束しよう。・・・下の者が独断で行っていたとはいえ、義勇軍の名に恥ずべき、行き過ぎた行為であった。」
と率直に反省を口にした。
最後に、お互い生きながらえていれば、いずれまた何処かで会うこともあるだろう、と言い残し、若きリーダーはそのまま奥へと去っていった。
連行された最初の場所で解放された“ルーク”は、
「手法が違う、か。」
と、先程のリーダーの言葉を反芻していた。
俺は奴等のやり方を認める事は出来ねぇ、と呟き、しかし、と続けた。
「俺は俺のやり方で、この世界を良い方向へ変えていければいい、と思っていた。だがそれすらも、俺の独りよがりになってはいなかったか。」
“ルーク”は新しい自分にそぐわないものを捨て、何もかもを一からやり直し始めたつもりだった。
それは“ルーク”なりの、過去の自分へのけじめをつけるため、だったのだが、同時にそれは、自分だけを満足させるものであったのかもしれない、と思った。
自分のことよりも優先すべきこと。
自己満足ではなく、大局を見据えて行動すること。
“ルーク”は、自分が本来いるべき場所があることを思い出していた。
「俺には他にやれることがある。そしてそれは俺にしか出来ないことだ。」
「・・・突然仕事を辞めたい、なんて言ってきたのは、そういう理由から、だったんだね。」
アスターの話を聞き終わると、ノワールはほっとした顔で、しかし何故か溜息をついた。
「結局あの子は、あたしらには何の説明もしちゃくれなかった。全く、冷たいよねぇ・・・。」
そしてくわえていた煙管に火をつけると、それを一服してノワールは呟いた。
「・・・でもほんと、あの子らしいよ。」