カラン。
まるでこれ以上、時が経つのを嫌がるかのように、
グラスの中の氷が音を立てて傾いた。
琥珀色のその飲み物は、透明な部分の度合いを大分増やしていた。
もう何時間こうしていただろう。ジェイドは独りごちた。
全国の民が入り混じるケセドニアで、唯一の酒場であるこの店は
土地柄のせいか、あまり上品な類とは言えない。
照明を落とした店内は、やや卑猥な臭いも放っていた。
いくら自分が一緒とはいえ、未成年であるアニスには
あまりいい刺激ではない。
だからジェイドは早々に、彼女を宿へ帰したのだった。
「しかもああ見えても、彼女はれっきとした女性ですからね。」
・・・と、言うよりも "女の子"ーーか。
と言い直して、くすり、と笑った。
カウンター越しに見える年代物の柱時計の針は
既に午前1時をかるく過ぎている。
ヴァンとの決戦まであと残り数時間。
全身全霊をかけた戦いになる事は必定だ。
その為にもなるべく睡眠を摂っておきたいが、今日はいくら飲んでも眠気が来ない。
「やはり私も緊張しているのでしょうか。」
多少は、と続けてジェイドは自嘲した。
いつから自分の感情をこんな風に隠すようになったのだろう。
そっとやちょっとでは崩れない、取り繕った笑顔が彼の顔に張り付いている。
軍隊に入隊した頃か、養子に行った頃か、
それとも先生を亡き者にしてしまった後頃か・・・。
「お前が感情を隠す時は、きまって一緒に眼鏡に手をやるって知ってるか?」
ピオニーに笑いながら指摘された事を思い出す。
陛下はいつも私のする事に大層な意味をつける。そしてそれを私に自覚させようとする。
私に対する陛下の言動は、今も昔も変わらない。
「まぁそんなことはどうでもいい。それよりも・・・」
とジェイドは思い直す。
私はルークに近づきすぎてしまった。
自分でそう望んだ訳でもないのだけれども。
彼がレプリカだと解っていながら、その事実とは反対の結末を期待している。
アッシュとルーク、オリジナルとレプリカ。
二人の軌跡を傍で見てきて、これから予想されうる事態すら、
自分にははっきりと見えているというのに。
結果が覆される事を期待する、などと。
「全く。私らしくありませんね。」
ジェイドはグラスに残った酒を一気に飲み干した。
「マスター、もう一杯同じ物を。」
カウンターの向こう側で片付け物をしていた店主に話しかけた。
「旦那、余計なお世話だが、そろそろ止めにしておいた方がいいんじゃないですかい?
それ以上飲むと身体に差し障りがでるんじゃ・・・。」
心底心配した顔で、店主はジェイドの青白い顔を見つめた。
「大丈夫ですよ。慣れてますから。」
そう言っていつもの笑顔を返したジェイドに、
「ははは・・・そうですか。わかりました。今、お作りしますんで。」
と、店主はそれ以上しつこくは言わずにすぐに次のグラスと交換してくれた。
「ルークは・・・」
ジェイドは再び思考を廻らす。
ルークはとてもよく似ている。・・・彼女に。
目の前でカラカラとグラスをもてあそびながら、ジェイドは昔の出来事を思い出していた。