約束の地 vol.2

ED直前の話

北西から吹く海風が、ナタリアのブロンドの髪をなびかせた。 その両耳に光るイヤリングが、紅い輝きを放って左右に揺れた。
「ここであの言葉をくれましたわね。」
バチカル上下層が全て見渡せる、切り立った崖の上からナタリアは、見ているとも見ていないともいえる瞳で、水平線を眺めていた。
「あれからあなたを見失ったまま、とうとうこの日がやってきてしまいましたわ・・・。」

儀式の参列用にと国王インゴベルトがしつらえてくれた、シルクのドレスを身に纏い、これからさも、ファブレ家へむかうと思わせんばかりの様子の彼女に、メイド達はすっかりと気を許していた。その目を軽々と盗んで、彼女は城を抜け出していた。ルークの成人の儀に出席しない旨と、勝手な振る舞いへの侘びを書いて、公爵夫妻と国王宛に置き手紙は残してきた。
「わたくしは、あなたの最期をこの目で見ていませんもの。」
そう呟くと、ナタリアは自分のイヤリングを手に取った。

キムラスカ・ランバルディア王族に連なる者が持つ髪に、よく似た色の宝石。 そしてそれは、過去にアッシュと呼ばれた、本物のルーク・フォン・ファブレの髪の色とも同じ様に見えた。
「“アッシュ”とは燃えかす、灰の色だ、なんて、わたくしは思いません。
“アッシュ”にはもうひとつ、「暁」という意味がありますわ。」
ナタリアは、ここにはいない誰かに話しかけるように言った。
「暁とは夜明けの意。この世界の夜明けを、あなたが開いたのですもの。」
イヤリングの紅が、傾いた陽の光で更に色合いを増して輝いた。
「ですから敢えてアッシュと呼ばせて下さい、ルーク。」
と前置きをして彼女は続けた。

「あなたとの約束、あの志を継ぐのと同じ位に、わたくしには大切なことがあります。それはあなたの孤独を少しでも癒して差し上げること。誰からも見放されていたあの7年間が、あなたの中の“闇”と言うのなら、わたくしはあなたの“アッシュ”になりましょう。再会した時からわたくしは、二度とあなたの側を離れませんわ。一生あなたの隣にいさせて下さい。・・・いいですわよね?アッシュ。」
両手に持ったイヤリングをぎゅっ、と握りしめると、ナタリアはまるで何かに祈るかの様に、その手を自分の胸に押し当てた。
「今日はわたくしの新たな決意の日にしようと思います。あの場所から戻ったら、わたくしは自分の両耳に細工をして、このイヤリングをピアスにしてつけ続けるつもりです。どんなに強い風が吹いても、どんなに揺り動かされても、外れない様に。わたくしがこのピアスから離れない様に。─アッシュ。あなたを一生想ってゆくことの証といたしますわ。」

誓うように告げた後、負けん気の強い瞳を光らせて、彼女は言った。
「馬鹿な事を言うな、などとおっしゃらないで下さいませね。これはわたくしが決めた事です。言う事は聞きませんわよ?」
ふとアッシュが苦々しい顔をしているような気がして、ナタリアはくすっ、と笑った。
「これは指きりのない“約束”です。あなた指きりはお嫌いでしたでしょう?」

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