約束の地 vol.3

ED直前の話

ヴァンの墓に見立てた石碑の前で大譜歌を歌い終えると、ティアはしゃがんで両手を合わせた。
自分の信念を貫き通し、27歳という若さで逝ってしまった自分の兄。
全身全霊をかけてその兄と戦った記憶はしまい込み、今はもう、優しく温かく自分を守ってくれていた頃の姿だけを繰り返し思い出すようになっていた。
ユリアの血を引く肉親と言われる人間が、ティアには一人もいなくなってしまっていた。育ての祖父テオドーロは存命だが、既にかなりの年齢になっている。 この所は特に体調がすぐれない様子で、顔を合わせればユリアの子孫である、ティアの行く末ばかりを案じるようになっていた。終いにはティアの本筋でもあるフェンデ家の、血筋を守る為の存在である家系の一つ、ガルディオス家との縁組まで口にする始末だった。
「私とガイを結ばせるだなんて、おじい様も余程私の事が心配なのね─。」

自分が死んだらティアは一人きりになってしまう。しかもティアの性格では職務を全うする人生を選ぶだろう。今ですら頑固なティアに苦言を呈することが出来るのは自分しかいないのに、とテオドーロは古い考えに固執していた。
「人の幸せなんて十人十色だと思うわ。」
ティアはすっくと立ち上がると、ユリアシティの自分の庭を見渡した。
ここにはルークの髪の毛が四方八方に散らばってはいるが、どこかに残っているはずだった。
「私はルークの帰りを待っていたいの。」
ドアが開かない限り吹くはずのない風が、どこからかティアに向かって流れてきて、まるで彼女の髪を優しく撫でるかの様に通り過ぎた。
「これからあなたに会いに行くわ。」

私室に戻ると、ティアは鏡台の前に腰を降ろした。仕事仕事、であまり睡眠も摂れていないので、自分の肌はくすんで見える。
化粧箱から嫌味にならない程度の口紅を取り出すと、それを唇に薄くひいた。 ティアの部屋には昔はぬいぐるみが、少し前までは可愛らしい置物が、そして今では口紅が、彼女の成長と時間の経過と共に置き換わって増えていった。 2,3度懐紙でなじませると、少し考えて、昨日買ってきたばかりの真新しいリップグロスも取り出した。 口紅の上からそれを重ねようとして、ふと手を止める。
「─これをつけるのは誰のため?」

更に輝きを乗せるのは誰のため?既に唇に色はついているというのに。
ティアは考える。
口紅を塗るのは、年齢と共に培った自分のための身だしなみとして。
でもその上からグロスを塗るのは自分のためじゃない。
誰かに少しでもいい色に見せたいため。でも一体誰のために?
勿論彼には、自分が大人になっている所を見せたいと思う。
でもそれは、“今の自分”を見てもらいたいということだ。繕った自分を見せたい訳じゃない。媚びてでもいるようには、絶対に見られたくない。
ルークには。
ティアはグロスを塗るのを止めた。

今の自分で会いに行きたい。
少し大人になった姿であなたを待ちたい。
─あなたに私の、ありのままを見せたい。

そして今日で私は変わるだろう。
ティアにはふとそんな予感がした。
<終>
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