DropsⅢ vol.4

ED後の話

「ただの疲労のようです。」
一足早くアスター邸で休ませてもらっていた導師、フローリアンの簡易診察を終えたジェイドは、 彼を伴って部屋から出てくると、開口一番にそう言った。
「ただの、って言い方、ちょっとひどくないですかぁ?大佐ぁ~?」
アニスは少々怒り気味に言って、すたすた、とジェイドの後ろ隣りに立っていたフローリアンに近づくと、大丈夫?と声を掛けた。
ケセドニアに到着した時には真っ青だった彼の顔は、今では頬にも少し赤みを帯びてきて、体調が戻った様相を見せていた。 その顔をにっこりとさせると
「僕は大丈夫ですよ、アニス。」
と彼女に向かって言った。


彼が発した言葉とその表情にある人物の面影を浮かべて、アニスは心からドキリ、とした。
「大佐の言葉は、僕が倒れたのはレプリカとして、何か身体に異変が起きたからなのでは、と心配したせいですよ。疲労と言われて、僕も安心しました。ありがとう・・・ジェイド。」
「いえ~。批判されるのには慣れていますので。」
そう答えて微笑んだジェイドに、ごめんなさい大佐、とアニスは謝った。

「おやおや。一旦口にした言葉をそんなにすぐに訂正できるなんて、アニスも素直になったものですねぇ。これも、どなたかのおかげ、でしょうか。」
「本当だなぁ。随分と可愛らしくなっちまったもんだ。」
二人に、オッサンくさく意地悪くからかわれて真っ赤になったアニスは、
「わっ、私は昔から可愛いですよぅ!大佐も陛下も何か勘違いしてたんじゃないですかぁ?!」
と苦しい言い訳をしていた。
そんなアニスを見てフローリアンもあははは、と声を出して、楽しそうに笑っていた。
感情表現は“前のイオン様”よりも豊かだな。
ジェイドは密かにそんな事を考えていた。

「お待たせして申し訳ございません。当主がようやく戻りましたので、これから皆様をご案内させて頂きます。どうぞこちらへ。」
廊下で立ち話をしていた4人に、アスター邸のメイドが声をかけてきた。
その声に振り返り、こくり、とうなずいた彼らの顔からは、話の内容の重さを想像したのか、既に先程の笑顔は消えていた。
相変わらず、成り上がりの成金趣味の、ある意味、豪華絢爛な部屋に通された4人は、
「お久しぶりです皆様、イーッヒッヒ。」
という、こちらも相変わらずの、あの変わった笑い声に迎えられた。
どうぞと促されたソファにはピオニーとフローリアンが座り、ジェイドとアニスはその両側にそれぞれ立ち及んだ。
「皆様に、わざわざここまでご足労頂いてしまいまして、誠に申し訳ございません。しかし文書ではなにぶん、 誰か他の人間に知られてしまうこともあるか、と思いまして。」
アスターは赤い鼻に手をやりながら、言いにくそうにしていた。
「大体のことは見当がついている。このメンツを呼んだ、って事は“あいつ”に関係する事だよな?」
「さすがのご碧眼で。」
あっさりと見破っていたピオニーに、アスターはほっとした顔をして、待機しているメイド達を下がらせて人払いをした。
「それにはまず、ケセドニア周辺で起きている盗賊事件についての話をしなくてはなりません。」
と言って、アスターは話し始めた。

「陛下と導師におかれましては、聞き及んでいらっしゃるかもしれませんが、現在ここ、ケセドニアに各地から集まる商人を狙った、新手の盗賊団の事件が横行しております。」
「領事館から話は聞いています。」
ジェイドが答えた。
「その盗賊団が、・・・誠に言いにくいのですが、・・・預言を詠まなくなったことに抵抗する、反組織に雇われているという噂が入ってきたのです。」
皆が一斉に息を呑んだ。
「・・・その反組織には、ローレライ教団のみならず、キムラスカ、マルクトからもかなりの数の人々が集っていると聞いています。」
今度はフローリアンが言った。
義勇軍─と名乗っているその組織の水面下の活動は、この所更に活発になってきており、こうやって一般人が知りうる様な表立った事件も、まだ数は少ないが時々起こる様になってきていた。
「反組織の鎮圧にはかなりの人数をさいているが、完全制圧に至っていないのが現状だ。」
ピオニーは心痛な面持ちで溜息をついた。
「私共もキムラスカ、マルクト領事館が盗賊団のみならず、反組織についても対策を立てて下さっているのは知っています。言いたかったのは、実はその件だけではないのです。」
「何か更に大きな心配ごとでもあるのですか?」
アニスが問うた。
「はい。その反組織の目的が、勿論、現政権の交代というのが一番なのでしょうが、直近の目的として、ある人物の抹殺を目論んでいる、というのです。」
「ある人物とは・・・まさか!」
つい声が大きくなったジェイドに、
「ええ、そのまさか、です。」

アスターは“ルーク・フォン・ファブレ”の名前を挙げた。

「彼は現在、ここケセドニアで大きく商売している、暗闇の夢、ノワールの元で護衛の仕事をしています。 彼女の商売はサーカス運営のみならず、市場の物流管理、品物の配送など多岐に及んでいます。 盗賊団はその流通ルートを調べ上げ、それらを奪うという事を繰り返していたのですが、 最近になって、その護衛にルーク様が就いた事を知り、彼の抹殺を目的とする反組織の奴等と手を組んだらしいのです。」
「・・・彼の死亡が、物盗りから守ったことによる結果である、となれば、組織に疑いがかかる事もないですからね。周到なやり方といえます。」
ジェイドは言った。
「しかし何故彼は、反組織に狙われてしまったのですか?」
と問うたフローリアンに、アニスは落ち込んだようになって言う。
「それはですねぇ、導師も詠師に聞いてはいると思いますけど、世界が存亡の危機に陥った時、私達がとった行動が、きちんと彼らに理解されていないというか・・・。預言のない世界を作ることを各国に進言して、それを実行に移した原動力の超本人が“ルーク”なんだ、と彼らに思われているから、なんですよぅ・・・。」
「俺達が生き残るには、それしか方法が無かったってぇのに、なんであいつらは預言が無くなったことばかりにこだわって、いつまでもそれを理解しようとしないんだ。」
ピオニーも憤る。
「どの世界にも反勢力は存在するものです。しかもあれだけ預言に頼りきって生きてきた人々が、その後不幸な出来事や、 上手くいかない出来事を実体験すれば、預言を知っていたら防げたのに、と逆恨みすることも、容易に想像がつきます。 彼らは、他人のせいにする事で、自分を保っているような人間です。彼らの行動は勢いを加速して、やがてはテロ行動の様なものにまで発展してしまうのかもしれません。」
冷静に分析したジェイドに対し、
「なら、“ルーク”がやった事が報われないじゃん!みんなの為に犠牲になったのに・・・。“ルーク”だってまだ本当は生きていたかったのに・・・そんなのってヒドイッ!!」
既に涙目になって抗議したアニスの肩に、慰めるようにフローリアンがそっと自分の手を置いた。
「報われない、という事はないと、僕は思いますよ。むしろ今は、救われて感謝している人間の方が断然多いはずです。 でも一部にはそういう考え方しか出来ない人間もいる、というのも現実だと、ジェイドは言っているだけです。」

「─んで、あいつを助けてやれるのは俺達だけ、そういうことだよな?」
話の結論をアスターに求めるように、ピオニーが割って入った。
「お察しの通りです。」
アスターが返事をした。
「私やノワールが注意喚起したところで、“彼”は護衛を辞めたりはしないでしょう。むしろ、組織の奴等に一人で挑んでしまうかもしれません。彼女はそれを心配しているのです。」

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