DropsⅤ vol.4

ED後の話

単刀直入に聞かれて、アッシュは、ついに来たか、と覚悟を決めた。
ジェイドを中に招き入れた時点で、話さなければならない、と思っていたので、そんなに動揺する事も無かった。
ただ不思議だったのは問いの内容だ。
あの時、ジェイドと直接話をした記憶はなく、ただ放っておいてくれ、と頼んだだけである。なのに何故、ジェイドはそれを看破したのだろう。
アッシュが考えている間にも、ジェイドの視線がじっ、とこちらに向けられているのが解る。


こいつに嘘は通じない。取り繕うのも無意味なことだ。
アッシュは、そう感じた。
しかし説明をしようにも、何と言ったら良いのか判らなかった。
どんな言葉を使っても、どれだけ言葉を重ねても、自分のボキャブラリーの範囲では、この状況を正確に言い表すことが出来ないような気がしていた。
ただ、“ルーク”は、いる。
そうとしか、今のアッシュには言う事が出来なかった。

“ルーク”は、いる。

しかしその一言で、ジェイドには大体の見当がついた。
過去に自分が接触を望んで叶わなかった、ある被験者の記憶が蘇る。

完全同位体の作製は、通常の状態ではまず有り得る事ではなく、その完成は、偶然の賜物でしかなかった。完全同位体の末路は大概が不幸な結果に終わり、ビッグバンが起きた後のオリジナルの精神は平静を保つ事が出来ず、ある者は狂い、ある者は自ら命を絶ってしまっていた。
ただ一体だけ、自分にはレプリカの記憶以外のものが残っている、と発言したオリジナルがいた。
それをサフィールから耳にしたジェイドは、自分がその時行っていた実験からどうしても手が離せなかった為、やむなく、彼への更なる詳しい聞き取り調査をサフィールに頼んでおいたのだが、彼の発言を重要視していなかったサフィールは、それを後回しにしていた。
その結果、後にジェイドが実験から開放され、やっと彼を訪ねることが出来た時には、彼は既に失踪してしまっていたのだった。

当時サフィールには、ジェイドにしてはまだかなり歩み寄っていたつもりだったが、サフィールの方が(故意かどうかは知らないが)それを汲まない場合がよくあった。
それなのにサフィールは、結果が自分の思い通りにならないと、最後にはいつもジェイドの性格のせいにした。
そうする事で、自分を保っている様な奴だった、とジェイドは思う。

「別に私が悪者扱いされることは一向に構わないのですが、それならそれで、あなたが私から離れてくれればいいんですよ。 その方がお互いすっきりする。」
そう本人に伝えてみても、自分に都合の悪い事は聞こえない耳、を持っているかのように、その言葉は無視して、その後もサフィールはジェイドに付いて回っていた。
鬱陶しいこと、この上ない。

「あの馬鹿のおかげで、私もほとほと苦労させられました。」
「・・・は?」
つい口に出てしまった言葉に、アッシュは怪訝そうな顔をした。
「あ、いえ、すみません。私事です。それよりも─」
と、気を取り直してジェイドは言った。
「“ルーク”が果たして何処に存在しているのかは、この際おいておきましょう。何よりもアッシュ、あなたのことの方が心配です。」
アッシュの視線がこちらを向いたのが分かった。

「今回のビッグバンにおける、コンタミネーション現象において考えられるのは、あなたと“ルーク”が再融合を果たす際に、 元素か音素に何かしらの大きな負荷がかかったのかもしれない、という可能性の事です。あの日、あなたが一度倒れた後、 “ルーク”が彼を解放し、音譜帯へ還す作業の際には、途轍もなく大量の第七音素が行き来しました。 あなたがローレライと完全同位体である事を鑑みても、全く何も影響がなかった、とは言い切れないと思います。 勿論、あなたのレプリカである“ルーク”にも、同じ事が言えますしね。」
アッシュは思考を巡らせながら聞いている様だった。

「あなたは当時勘違いされていらっしゃった様ですが、通常、ビッグバンの後は、レプリカと融合を果たし再構成されて、最終的に残るのはオリジナルの方なのです。
その際、オリジナルの中には、レプリカの記憶しか残りませんが、より深く残る、と仮定すると、あなたの中に残っているのは、“ルーク”の感情か思念、反射行動、といったようなものではないでしょうか。違いますか。」
問われてアッシュは、ああ、そうだ、と正直に頷いた。

「例えば思念などが残る場合、非常に強いものだけが残留思念となり得ます。私は霊的なものは信じませんが、ある人間が他の人間の魂、のようなもの、に取り付かれた場合、本人の意識は無くなる、と言われていますよね。まぁ、この例えはどうかと、自分でも思いますけれど。」
ジェイドとしてみれば、分かりやすく説明しているつもり、の様だった。

「しかし、あなた方のように、融合している、となると少し違います。お互いを形成していた元素や音素が限りなく同じ状況な訳ですから、自分と融合者との区別がつかなくなる程に、混じり合わさってしまう可能性も充分有りえる、と私は思います。」
ジェイドが直した言葉の表現は、アッシュにはとても解り易かった。彼が言うほど区別がつかなくなってはいないにしろ、“ルーク”の思念や感情が、自分の精神を蝕むほどに、大きくなり始めている事実に変わりは無かった。
「俺は・・・あんた等にあいつを会わせてやりたかった。でも今の状態では、到底無理だ。あいつが、出てくることを拒否してやがる。」
と、アッシュは吐露した。

ジェイドはあの時アッシュが取った行動を見て、もしかしたら、と考えてはいた。ただそれについて確信は持てなかったし、仮説に過ぎない事象を他の人間に容易く話したりもしたくはなかった。しかもこの件に関しては非常にナイーヴな問題であるので、ジェイドはいつも以上に慎重になっていたのだった。
そしてジェイド本人も、自身の希望的観測が少なからず含まれてしまうことも、そのことによって、客観的な判断力を欠いてしまうことも解っていた。
ピオニーに以前指摘された、“ルーク”に執着している自分、に気付いていたからこそ、“彼”に会って確認するのを先延ばしにしていた。そしてその間、“彼”の中のアッシュは、こんなにも追い詰められていた。年若いアッシュがそれに耐えていた、というのに、一回り以上年上の自分が後回しにしていた結果、がこれだ。

私もまだまだ未熟、ということ、ですね。
いい歳をしてまたそれかよ、というピオニーの声が響いてきた様な気がして、ジェイドは、自分の事をそれ以上考えるのは止めた。

「それよりもアッシュ。あなたはもっとご自分を大切にしてください。
“ルーク”や、私達の事は、考えなくてもいいんです。あなたを心から大切に想っている人間は大勢いるのですから。」
「?!」
こいつはこんな言葉も言えるのか、と、アッシュはまるで人ごとの様に聞いていた。
ジェイドが他人の為に慰めを言う、などという事をする人間だとは、アッシュにはとても思えなかったからだ。
アッシュが少々驚いた顔をしていると、おもむろにジェイドはこうも言った。
「私は、“ルーク”が何処にいるのか、大体検討がつきました。」
「何っ?!」
「しかし、あなたには当分休んでいてもらう事にして、彼とは私が話をします。“ルーク”とあなたでは、恐らく、どこまで行っても平行線でしょうから。」

「そんな事が、出来るのか?」
おそるおそる、アッシュは聞いた。

「あまり良い手段、とは言えませんが、ね。一つだけ思い当たる方法があります。」
そう言うと、ジェイドはアッシュに向き直って、鋭い眼差しになって言った。
「アッシュ。何が起こっても、私を信じて頂く事が出来ますか?」

普段、優しげなフリをして辛辣な言葉を吐く、皮肉屋のジェイドが、こうして真剣な表情で真面目な言葉を言う時は、普通の人間が言う時よりも、段違いで凄味が増す。アッシュはつい気圧されて、頷くほかなかった。
すると、ニッコリ、と笑顔になって、
「よろしいでしょう。ではその前に・・・」
と言って立ち上がった。
アッシュは少しだけビクリ、と警戒したが、すぐに我が目を疑った。ジェイドの足が、かなりフラついていたからだ。
「すみません~。申し訳ありませんが、ちょっと横にならせてもらってもよろしいですか~?思ったより早くアルコールが回ってしまったようです。」

くっ、といつもの苦笑いをすると、アッシュはジェイドに手を貸してやり、自分のベッドまで連れて行ってやった。
横たわった途端、すぐに寝息を立てだしたジェイドに、アッシュは足元で丸まっていた毛布を掴み上げ、それを上からをかけてやった。
「・・・ったく。飲みすぎなんだよ、オッサン。」

そこには昔と同じ、気の強いアッシュに戻った姿があった。
ただ、違ったのは、その眼差しには以前の様な剥き出しの敵対心や見境の無い鋭さと言ったものは無く、 むしろ、年上の人間に対する敬意と感謝の意、そして、親しい人間に対して向ける暖かな光、を表していた事だった。

「こんな事のために必要以上に頑張っちまって、自分の歳も考えろよ。」
ジェイドから視線を外し、踵を返したアッシュは、そしてぽつり、と呟いた。
「・・・あんたが最初に来てくれて助かったぜ・・・ジェイド。」 <終。 ─Ⅵへ続く─>

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