DropsⅤ vol.3

ED後の話

砂漠地帯にあるにしては珍しく、鋼鉄で出来た頑丈そうな扉の前にジェイドは立っていた。
扉を支える蝶番も、熱風と湿気の為に所々錆びて塗装も禿げかけてはいたが、この重い扉を支えるのには、何の支障もなさそうにしっかりとその役目を果たしていた。
石造りで出来たその建物は、全体的に見ても、外部からの侵入を必要以上に拒んでいるようにも見てとれる。


「さすがは傭兵達が仮の宿とするだけ、の事はありますね。」
この扉の向こう側にいる主にも、会う前に既に、拒まれているようにもジェイドには感じる。
ここまで来た以上は引き返せない。
戻りたくても戻れない、今日はとことん、そんな星回りの日らしかった。

ゴンゴン。
鉄扉の上真ん中についている、円形の呼び輪を掴んで鳴らしてはみるが、先程から一向に、内側からの返事は来なかった。
「居留守なのか、それとも本当に留守なのかが、判りませんしねぇ。」
他に語る者がいる訳でもないのに、ジェイドはそんな風に呟いた。
出直すしかないか。
そう考え、やれやれ、と振り返った視線の先にジェイドは、酒瓶を何本も抱えてこちらへ向かってきた、ここの主の姿を捉えた。
「・・・あんた」
「お久しぶりです、アッシュ。」

頭からフードを被り、マントで全身を覆っていたので、身長の高さからだけでは彼は、自分をジェイドだ、と判断できなかったらしい。
「・・・何故ここが分かった。」
そう言った彼の声は、意外にも落ち着いていた。
「その辺りもお話させてもらうつもりです。出来れば私も中に入れてもらえると助かるのですが。」
これまた重そうな鉄鍵を、ガチャガチャ、と回していた彼は、重厚な扉を軽々と開けると紳士のようにその横に立ち、ジェイドに先に入れと促す仕草をした。
「ありがとうございます。」
二人の男がその中に消えた後、内側からガチャリ、と鍵がまた重そうにかけられた音がした。

机の上の、ステンドグラスで出来たランプにだけ灯りを点すと、彼、アッシュは、ジェイドに備え付けの椅子を差し出し、台所から自分のための簡易椅子と、二人分のグラスを持って戻ってきた。
「あなたも、アルコールを摂取出来る年齢になったんですねぇ。」
ジェイドはまるで、医者の様な口調でしみじみと言ってみせた。
「・・・ウォッカは、いける口か?」
「私は雪国の生まれです。寒い国には強い酒がつきものですから。」
ジェイドはそう返事をすると、
「あなたこそ、こんな強い酒ばかり飲んでいて大丈夫なのですか?」
と逆に聞いた。
床に空いた酒瓶が何本も転がっている。アッシュは、
「ここは寝る為だけの部屋、だからな。」
と答えた。

最近は、どんなに疲れて帰ってきても、一向に眠気がやって来ない。
ベッドに横になってみても、どんどん眼が冴えてゆくばかりだった。
眠るために摂っていたアルコールの量は日増しに増え、今では相当な量を飲まないと、眠りにつくことさえ、ままならなくなっていた。
“ルーク”とは、あれからも何度か話はした。
しかし、最初は冷静に話をしてても途中で必ず喧嘩になってしまい、いつも最後には物別れに終わってしまっていた。
結局、一向に意思の疎通は出来ておらず、“ルーク”の頑なな態度に、アッシュもいい加減疲れてきていた。この頃はもう、反論するのもやっとだった。

アッシュは先日の顛末を思い出していた。
「・・・てめぇに借りなんか、作りたくねぇんだよ!」
アッシュは叫ぶ。
「お前がそんな風に思う必要はない、って言ってるだろ!!元々お前はオリジナルで、俺はお前のレプリカだった。 オリジナルが優先されて、当たり前だろう?!」
声を荒げた“ルーク”の返事が聞こえる。
堂々巡りだ。
「オリジナルが優先、というのなら、ルーク、お前は後からでも当然、出てくるんだろうな?じゃあ、それは何時だよ。俺に教えろ。」
「言葉尻掴むなよ、アッシュ。俺だって、こんな中途半端な状態にしちまって悪いと思ってる。 だから完全に消える方法を、今探してる最中なんだ。ローレライが言うには・・・」
「てめぇっ!誰が勝手に消えていい、と言った!俺はそんなの認めねぇ!
お前が自分であいつ等の前に出て、お前の気持ちに決着つけるまでは、俺は絶対許さねぇからな!」

「・・・。」
ぷつっ、と回線が切れたように、“ルーク”の声は聞こえなくなった。

「くっ!!」
ばぁーん!とアッシュは空瓶を床に投げつけた。破片が四方八方に飛び散る。
「・・・ったく。いつまで続けるんだよ、こんな事・・・。」
アッシュは大きく溜息をついた。
元はといえば、俺のレプリカだったからな。
頑固なのは、俺も同じか。
“ルーク”を見てきたおかげでアッシュも、自分という人間を、いくらかは冷静かつ客観的に見られるようになってきていた。 怪我の功名、とでもいうべきなのか。
何杯目かのグラスを傾けると、机の上のランプの灯りが、ぼんやりと滲んで見えるようになってきていた。

空になった彼のグラスに次の杯分を注いでやりながら、ジェイドも自分の杯を傾けていた。
会いに来た時にはもっと抵抗を見せるか、と思っていたが、彼はそれとは逆に、こちらが拍子抜けするほど大人しかった。
かといって、彼の中で何かしらの決着がついた、ともジェイドには思えなかった。問い詰めたい事は山のようにあったが、 そうする事が、ジェイドにしては珍しく憚られた。それ程、彼が心身ともに疲れ果て、憔悴しきっている様に見えたからだ。

どの位の時間、杯を重ねたのだろうか。
会話の最初に、かいつまんで状況の説明をしただけで、その後はすっかり黙ってしまったジェイドと、それに対して何も聞いてこなかったアッシュとの間に、静かな時間だけが流れていた。
その間ずっと、自分を目の前にしながら、全く他のことを考えていそうな様子を続けているアッシュに、ジェイドは一番聞きにくい、しかし一番重要な事を尋ねてみることにした。
「・・・言いにくい事かもしれませんが、アッシュ、教えて頂けませんか。
あなたの中に残っているのは、“ルーク”の記憶、だけではない、のではないですか?」

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