DropsⅦ vol.3

ED後の話

「・・・じゃ市長達には、とりあえず俺が挨拶しておくから、その後、お前が俺と入れ替わる、という事でいいな?」
「ああ。頼むよ。」


夜も大分更けた頃、アッシュはルークと話をしていた。
傍から見れば、部屋で独り言を呟いている、としか見えない光景ではあったが、彼の側には他人には見えなくても、もう一人の人間、“ルーク”がいた。

あれからジェイドに話を聞いたアッシュは、あいつはなんで俺の話は聞かないのに、奴の話だとこうもすぐに聞くんだ、などと、ジェイドに軽い嫉妬心を憶えたほどであったが、 結局は自分もジェイドによって助けられていたので、ルークのことをとやかく言える立場ではなかった。
自分と近すぎる人間の言う事は意外と素直に聞けないものだ、と、今回の事でルークもアッシュも改めて思い知ったのだった。

「でもさ、アッシュ。」
ルークが尋ねる。
「何だ。」
「俺、皆に会ったら最初に何て言えばいいのかな?」
「俺にそんな事聞くな!てめぇで考えろ!」

すっかり本心を見せるようになったルークに、最初はアッシュも途惑っていたが、それも会話を重ねる内に次第に慣れてきて、今ではそんなやりとりが当たり前のようになってきていた。
それはまるで、ずっと昔からの友人であるかのようにお互いが感じていた。
そんな風に思えるようになって、ルークはとても嬉しかったし、アッシュも少しこそばゆくはあったが、前ほど嫌悪を覚えるということは無くなっていた。
むしろその率直さが、自分の心の枠を取り払っている様にも、アッシュには思えたのだった。

「なぁアッシュ。」
「今度は何だ。」
先程とはうって変わって、真剣な口調でルークが言った。
「一つ約束してくれ。俺がナタリアと会ったら、その後は、お前も必ず彼女に会いに行くって。」
「!」
アッシュは思わず絶句した。

「お前の気持ちは解ってる。本来なら一番にでも会いに行って欲しい所だけど、それが出来ないことも俺は知ってる。」
返事をしないアッシュにルークは続ける。
「だから俺が消えたら、お前は今度こそ彼女と・・・」
「やめろ!」
アッシュが叫んだ。しかしルークは怯まなかった。
「いや、やめねー。お前は堅苦しい自分への縛りは捨てて、いい加減自分の感情に素直になれよ。誰もお前を責めたりしねぇ。恥ずかしい事なんか、ありゃしねーよ。」
「・・・。」
「そしていつかファブレ家に戻って、お前があいつを支えてやってくれ。 これは俺からの、最後の頼みだ。」
そう言って、ルークは頭を下げた。正確に言えば、ルークが頭を下げた様に、アッシュには感じられたのだった。

「・・・てめぇは俺に、頼みごとばっかしやがって。」
「だってお前が、そうしろっつったろ?」
「・・・。」
アッシュは言葉に詰まった。確かにルークの言う通りだった。
アッシュは自分でも、まだ自分の気持ちに整理がついていなかった。
そこにきてこのルークの進言があったので、ついそんな事を言ってしまったのだった。

この世界で新しく生き直す、と決めたあの日からも、ナタリアの事を忘れた事は一度もない。
そればかりか、会わない、と決めて過ごす日々は、逆により一層、会いたい思いを募らせるものとなっていた。

「俺には新しい生活がある。既に命を狙われてもいる。この先思ったより短い人生になるかもしれないのに、ここで俺が会いに行くことで、わざわざあいつに、ぬか喜びをさせることもないだろう。」
「・・・お前は、本当に、どこまでも“男”なんだな。」
ルークはしみじみと言った。

「お前を見ていて思ったよ。男の生き方ってきっとこういうものなんだろう、って。その気持ちも解る。でもさ、そのプライドにこだわり過ぎて、本当に大切な物を永遠に失うことになっちまってもいいのか?」
アッシュはそれには答えなかった。
「俺を見てたんだからお前にも解るだろ?頭で解ってても残っちまうんだぜ、心はさ。おかげで俺もお前も、こんなに苦労することになっちまったんじゃねーか。」
少し冗談めかしてルークは言った。

「お前には俺と同じ思いはして欲しくない。いつ終わるか分からない一度きりの人生を、強い想いを残して逝くことになるような事だけはして欲しくはねぇんだよ。」
「お前・・・。」
アッシュの口から言葉が漏れる。
「自分で経験するまで分からなかった俺も馬鹿だったけど、それを見続けても、まだ意地を張り続けるのなら、お前の方がもっと馬鹿だぜ。
揃いも揃ってこれじゃあ、ファブレ家の血筋はよっぽどマヌケなんだな、と俺も言わざるを得ねぇな。」

・・・くっ。
ルークのそれを聞いたアッシュは、いつもの苦笑を湛えていた。
「お前の言う通りかもしれないな。」
今度は素直にアッシュは言った。
「だろ?変な奴等に俺のせいで狙われているのは、とばっちりで悪いと思うけどさ。でも覚悟を決める前に、言うべき言葉、伝えたい想いを残したままにすんじゃねぇぞ。 ま、正確に言えば、これもお前の受け売りだけど、な。」
とルークは照れくさそうに言った。

「思い残す事が無くなったら正式に奴等に立ち向かえ。それで命を散らそうとも、他の解決策を見出そうとも俺は知らねぇ。それはお前が選ぶ道だからな。俺が口を出せることじゃねぇよ。」
「そうだな。」
ボソリ、とアッシュは答えた。
俺はさ、とルークも続ける。
「自分がこうなって初めて、そのことの本当の意味を知った気がするんだ。
そして何度も言うけど、お前に俺と同じ思いをして欲しくねぇんだよ。」

「・・・わかった。」
「そうか!良かったー!そう言ってくれて嬉しいよ、アッシュ。」
心底喜んでいる様子のルークに、アッシュは言った。

「・・・お前はやっぱり俺とは違うな。俺はそんな風に、開けっ広げに感情を表したりはできねぇ。」

「アッシュ・・・。」
それを聞いて、急にしぼんでしまったようにルークが答えた。
「いや、勘違いするな。変な意味じゃねーよ。」
と、アッシュは前置きして、
「ただ、お前のそんな素直さがお前の良い所だ、と思っただけだ。 俺はとてもお前みたいにはなれねぇけど、少しはその良い所を見習う事にするさ。・・・・くやしいけどな。」
「アッシュ。」
そう言葉を交し合った二人の間にはいつの間にか、旧知の友同士のような、とても親密な空気が流れ始めていた。

「でもさ、お前って不思議な奴だよな、アッシュ。」
ルークの言葉がそれに割って入るかのように流れ出た。

「お前って昔から、怒りの感情は思いっきりストレートに出せるのにな。」
「!!」
この後の二人の、それは長い長い討論は、結局、その日の明け方まで続いたのだった。

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