DropsⅧ vol.2

ED後の話

「ガイ。そろそろ着きますよ。」


ジェイドからおもむろに話しかけられて、ガイはビクリ、と身体を震わせた。
「あっ・・・ああ、すまん。」
慌てて計器盤に視線を落とすと、ガイは真空管を通して、後方の乗客達に伝えるように言った。
「当機は、これから着陸態勢に移行する。」

ノエルの隣で、グランコクマからユリアシティに向かうアルビオールの副操縦を行っていたガイは、出発する間際になってジェイドから伝えられた事実に、かなり動揺していた。

「ルークが本日、私達に会いに来るそうです。」
「えっ?!」
あまりに突然のことで、ガイの頭は混乱した。
「どうして・・・。」

何故ジェイドの方がそれを先に知っていたのか不思議に思ったが、彼はそれ以上話をする事は無く、すぐに出航準備に入ってしまったので、詳しい事は分からなかった。
「ルーク・・・。」
ガイの中には、ルークに会える期待と同時に、底知れぬ不安が沸き起こっていた。
「アッシュは・・・あいつはどうしたんだろう。」

「おい、ガイ。」
ユリアシティの長い廊下でガイは、すぐ後ろを歩いていたピオニーに呼び止められた。
「何でしょう、陛下?」
「お前、力入りすぎてんぞ。ガッチガチじゃねえか。」
ピオニーに、ばぁん、と背中を思いっきり叩かれたガイは、思わずゲホゲホッ、と咳き込んだ。
そんなガイの肩を組んでピオニーは、
「ほら。リラックス、リラックス。」
と言って、ニタァーと不敵な笑みを作って見せた。

・・・バレバレか。
そう悟ったガイの顔を見て満足したようなピオニーは、颯爽とガイを追い抜いて、今度は同じく先を歩いていたジェイドに絡んでいた。
そのおどけた様子を見ていたガイは、途端に肩の力が抜けた。

「全部お見通し、か。全くオッサン組には敵わねえなぁ・・・。」
ドヤドヤとマルクト帝国一行が来賓用控え室に入ると、テオドーロ市長とアスター氏、フローリアン、そしてアニスが誰かを囲んで円になっていた。
ガイはその円の中心に、焔色の長い髪をした人物を見た。
「・・・あれは!」
するとそれよりも一寸早く、ピオニーが大きな声で彼を呼んだ。
「よぅ!アッシュ!」
その声に振り返りピオニーの一行に気付くとアッシュは、こちらに向き直り、深々と頭を下げた。
「・・・ご無沙汰しております。ピオニー九世皇帝陛下。」

「今僕達も、彼からの挨拶を受けていたところです。」
フローリアンが横からひょい、と顔を出して言った。
「本当に奇蹟を見ている様じゃよ。よく無事に帰ってくれた。」
今度はテオドーロが感慨深そうに言った。

「市長のおっしゃる通りですな。これで後は義勇軍の件が片付けば言う事なし、憂いなし、なのですがイーッヒッヒ。」
と言ったアスターは、その笑い声とは裏腹に、心底心配そうな顔をしていた。
それらを受けてピオニーは、
「今日の会議ではその件についても話し合う予定だ。」
と言って、アッシュの肩をポン、と叩いた。
「挨拶に来てくれた早々で悪いが、俺達はこれから会議を始めにゃならん。
この部屋は空けるから折角の機会だ、ゆっくりしていけ。」

「・・・はい。ありがとうございます。」
アッシュはピオニーに礼を言うと、ガイの方を振り返り見た。
会議室に移動していった代表者達がいなくなったこの部屋には、アニスとガイ、そしてアッシュの三人が残された。
互いに何か言いた気に、しかし無言のまま見つめ合っているアッシュとガイの空気を振り払うかのように、アニスが最初に切り出した。

「え、えーっとぉ、で、アッシュ。ルークはどこ?」
アニスの問いかけに、アッシュは黙って頷いて、
「・・・これから奴と俺は入れ替わる。お前達、少しここで待っていてくれ。」
と言った。
アッシュの放ったその言葉の意味が解らずに、
「入れ替わる?!」
と驚いて眼を真ん丸くしている二人をよそに、アッシュは足早に、部屋続きになっているクロークルームへと消えていった。

ぽつーん、と残されたアニスとガイはぼんやりしたまま、その状況がいまいち掴めていなかった。
「ん~?ナニナニ?アッシュとルークはもしかして同一人物になっちゃった、ってことぉ?!」
アニスがガイに問うてきた。
「・・・っ!!そうか、そういう事だったのか・・・。」
そう問われて、ガイにはやっと解ったような気がした。

やはりルークは己の身体を維持することは出来なかったんだ。
アッシュの身体を通してしか、この世に存在することが出来ない。
だからきっと、アッシュもあんな事を・・・。
アニスに返答もせずにガイが考え込んでいると、ガチャ、とクロークの扉が開いてアッシュが戻ってきた。

「アニス!ガイ!」
そう叫んで駆け寄ってきた彼は、しかし、もうアッシュではなかった。
その表情も、その仕草も、その口調も、それは既にルーク以外の何者でもなくなっていた。
「ルークゥ?!」
アニスも叫んで、こちらに走ってくるルークにガバッ、と飛びついた。

「ルーク!ルークなんだよね?!」
「ああそうだよ、アニス。待たせちまってごめんな。」
「そんなこといいよぅ・・・。」
明るく言ったつもりのアニスだったが、少々涙声になってしまっていた。
アニスの頭を撫でながら、ルークは呆然と立ち尽くしていたガイの方に向き直って言った。

「会いに来るのに時間がかかっちまって悪かったな、ガイ・・・。」
「ルーク・・・。」
他に言葉を交わさないまま、二人はアニスを挟んで固く抱き合った。
「よく・・・戻ってきてくれた。会いたかった。」
「ガイ。」
再会を静かに喜び合う二人の間で、アニスはむぎゅぅ、と言って苦しそうに呻いていた。
「っと。ごめんごめん、アニス。」
ルークとガイは笑いながら離れた。
ルークはガイとアニスを交互に見ながら、先に二人には言っておくな、と前置きをした。

「冷静に聞いてくれ。俺は皆に伝えたいことがあってここに戻ってきた。俺は今、アッシュの身体を借りている。俺自身の身体は、もうこの世には存在しないんだ。」
「ええーっ!?」
冷静さを一気に吹き飛ばしたアニスが驚きの声をあげた。

「俺の・・・もう一度だけ皆に会いたい、という強い想いが、本当なら消滅するはずだったこの世界に、俺の意識を繋ぎ止めちまったんだ。正確に言うとすれば、アッシュの中に、っつー感じかな・・・。」
ルークの口から初めて真実を聞いた二人は唖然としていた。
二人とも、何か言おうとするが、どちらも上手く言葉が見つからないでいた。
「あいつには・・・アッシュには迷惑かけちまった。なのにあいつは、自分の中で自分と一緒に、俺に生き続けろ、と言ってくれた。本当に優しい奴だよ。」
だけど、とルークは一息ついてから切り出した。
「俺は皆に伝え終わったら、今度こそ本当に消える。」

「ルーク!」
アニスとガイが同時に叫んだ。
そんな、とアニスの声が震える。

「何度もごめんな。でもこれは俺が決めたことなんだ。二人とも解ってくれるよな?」
二人を見つめるルークの眼差しは、強い意志の光を宿していた。
アニスは俯いたまま何も言わなかった。
ルークを見つめたままのガイは、ぼんやりと考えていた。
お前は見送る試練をまた俺に課すんだな・・・。

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