DropsⅩ vol.2

ED後の話

“ルーク”が護衛の仕事を辞めたことをノエルに話していたギンジは、自分に背を向けて設計図面を引き続けていたノエルに向かって改めて声をかけた。
「なぁ、聞いてんのか?ノエル。」
背もたれを前にして椅子に腰掛けて、長い時間しゃべり続けているギンジに対して、
「・・・聞いているわよ。」
と、つっけんどんに言い返したノエルだったが、その声にはどこか、別の事を考えているような響きが伴っていた。


「そうだったの。アッシュさんが・・・。」
「もう、アッシュさんじゃねぇよ。」
ルークさんだって、とわざわざ訂正しようとしたギンジに、
「分かってるわよ!」
とノエルは急に声を大きくして返事をした。

「・・・なぁ、ノエル。」
そんな妹の、小さな背中を見てギンジは、ぼそり、と言った。
「お前、本当にこれで良かったのか?」
レプリカのルークが再度消えていった後、複雑な気持ちを抱いて仕事を続けていたノエルの元に、ある日ひょっこりとガイが顔を出した。

「やぁ、ノエル。ご無沙汰してしまったね。」
「ガイさん!」
飛空挺の板金作業をしていたギンジはそれを見て、後は自分がやっておくから、と言って、ノエルに外へ行くよう促した。
「お兄さん。・・・ありがとう。じゃあ頼むわね。」
そう言ってノエルはガイを伴って、騒がしかった作業場を後にした。
二人の後姿をそっと見送っていたギンジは心の中で思っていた。
「・・・あいつ、どうするんだろう。」

15分ほどして一人で戻ってきたノエルは、ごめんねお兄さん、とだけ言うと、先程ギンジに託していった作業の続きを黙々と始めた。
ギンジは話を聞きたかったが、ある意味無表情で、ある意味感情を必死に隠そうとしているともとれるノエルの姿に、それ以上に言葉をかけることが出来ずにいた。
そんな兄の思いも気付かぬように、その時のノエルは自分の仕事に没頭していた。
しかしその夜、珍しく深夜まで図面を引いていたギンジの元に、温かい珈琲を持ってきてくれたノエルはさりげなく、お兄さん、私、やっぱり失恋しちゃった、と言った。

「え。」
あまりに唐突に言われて動揺しているギンジに向かって、ノエルは続けた。
「ガイさん、本格的に新生ホドの計画遂行に入るのですって。だからここには恐らくもう来られないって。それを言いに、今日ここへ・・・。」
ノエルはそこまで言うと、ボロボロ、と涙をこぼし始めた。
「ノエル・・・。」
「・・・でも良かった。ガイさんが立ち直ってくれて。私、それだけが本当に心配だったから・・・。」
ギンジはそんな妹の頭を胸に抱き寄せて、
「ノエル、もう我慢しなくてもいいよ。」
と言った。
その言葉に堰を切ったように泣き出したノエルを、よしよし、と慰めながら、ギンジは自分達がまだ幼い子供だった頃を思い出していた。

「昔はお前、よくこうやって泣いてたよなぁ。」
ノエルはいつから泣かなくなったのだろう。
二人の両親は彼等が幼い頃に事故で亡くなっていた。
小さい頃よく泣いていた彼女は、物心ついてからはいつも明るく元気で、シェリダンであの事件があった時も、悲しみに打ち勝とうと必死に耐えて、明るく努めていた。
だからギンジは、こんな姿の妹を、本当に久し振りに眼にしたのだった。

でも本当は、自分の知らないところで涙を流していたのかもしれない。
彼女はそういう子に育っていた。
自分はどこか頼りなく、厄介ごとは妹に押し付けて美味しいとこ取りはするわ、爺さん達の面倒は見させるわ、挙句の果てには飛空挺をメジオラ高原に墜落させるわ、で、兄である自分の方が妹に世話になりっ放しだった。
彼女をここまで気丈に振舞う様にさせてしまったのは、実は自分のせいだったのではないか、とギンジは思った。

「ごめんな、ノエル。こんな兄貴で。」
ギンジは泣いている妹につい、謝っていた。
そしてボソッ、と、
「こんな頼りない男じゃ、セシル様にもそりゃフラれるわなぁ。」
と呟いた。
「・・・え。」
今度はノエルが驚く番だった。
ノエルはピタ、と泣き止むと、涙に濡れた顔のまま、まじまじとギンジの顔を見上げていた。

「実は俺もフラれてんのさ。ずい分前だがな。」
さりげなくそんな事を言う兄の言葉の意味が理解できない、といった顔で、眼を真ん丸くしている妹に、ギンジはニヤリとしてみせると、
「俺達兄妹って、二人揃ってフラれ続ける運命なのかもなぁ。」
と笑い、そして、
「もし預言があったら、こんな思いもしなくても済んだのかも?なんつって。」
とオドけて言って、ギンジはノエルに思いっきり頭を叩かれたのだった。

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