深海 vol.2

シンクの話

「シンク、汗がひどい・・・です。良かったらこれ、使って・・・です。」
アリエッタが制服のポケットから白いハンカチを差し出した。
どうやらシンクが人一倍汗だくになっているのを見かねたらしい。 神託の盾騎士団の参謀総長であり、第五師団長でもあるシンクは、部下は勿論、極秘任務を一緒に遂行する事の多い、六神将の前でも絶対に仮面を外さない。その素顔を見た事がある人間は教団内でも恐らくいないだろう。
しかも今日の現場はザレッホ火山だ。金属製の仮面をつけたままの彼が他の者より汗を掻くのも当然といえた。


「─いらないよ。」
自分も汗だくになっているのに、シンクに先に使えとばかりにハンカチを差し出した彼女の行為は、その親切心を素直に受け取る事の出来ない、ひねくれた自分を無意識に嫌っていたシンクを更にイラつかせた。
「でもスゴイ汗・・・」
「いらないって言ってるだろ!!」
「!」
振り返って大声を出したシンクの声にビクリ、と身体を震わせると、アリエッタはすごすごと自分の元いた位置に戻った。
彼女はどなり声がとても苦手らしく、短気でよく癇癪を起こしている、同じ六神将であり、神託の盾騎士団特務師団長でもあるアッシュの声にもよくビクビクしている。

(オリジナルイオンも生前は周りによく怒鳴り散らしていたと聞いたが。)
当時彼女は奴の導師守護役だったから、大声には慣れているはずなのに何故だ?とシンクは不思議に思う。

六神将と呼ばれるようになって久しい彼ら6人は、お互いの過去をほとんど知らないし語らない。任務の遂行にその必要はないし、それは暗黙の了解にもなっている。その為、常に仮面をつけているシンクへの疑問を口にする者もない。
ただシンクだけは、他の5人の過去を知っている。他人に興味のない彼には必要のないものだったが、参謀総長の義務だとしてヴァンが勝手に話して聞かせたのだ。

(思えばヴァンは、アリエッタの過去だけは僕に伝えておく必要があったんだな。)
とシンクは思う。オリジナルイオンの死亡は、彼女にすら伏せられている。その事実を知っているのは、ヴァンとモース、それに当たり前だがイオンのレプリカ達だけだ。
横暴な導師だったオリジナルイオンが、ある日突然生まれ変わったかの様に、誠実で温和になったと詠師達が不思議そうに話していたのを思い出す。

(当たり前だ。別人とすり替わったんだからな。)

オリジナルイオンの能力に一番近い、という理由でアイツが導師と呼ばれるようになった頃、身体能力の高さを見込まれて密かにザレッホ火山の噴火口からヴァンに救い出されていた自分も、神託の盾騎士団に入団していた。勿論あの仮面をつけて。
(レプリカは全部で7人いた。あともう一人助けられたはずだが、そいつが今どこにいるのかは知らない。残りは溶岩の中で溶けていった。まるで海の底に飲み込まれてゆくかのように。)
紙一重で自分が免れた事で、シンクはヴァンに感謝はしていた。その頃は。

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