深海 vol.3

シンクの話

ヴァンは、始祖ユリアの残した預言を、そして預言を詠む為に必要な第7音素の集合体であるローレライを、この世から消し去る、という目的達成の為に僕の身体能力に目をつけた。
そしてその目的には少なからず、僕にも賛同する所があった。その彼が僕を必要とするなら、僕はただそれに答えるだけだ。自分のような存在など、二度と作られるべきじゃない。
シンクがそんな事を考えていると、近くにある洞窟をじぃっ、と見つめているアリエッタの姿が目に入った。その横顔には深い悲しみと恋慕の色が浮かんでいるように彼には見えた。
オリジナルが彼女には怒鳴らなかったらしい所を見ると、奴はアリエッタを目の前にする時は、その存在によって心が安らぐ時間が多かったのかもしれない。
ちっ、とシンクは舌打ちをした。


(─オリジナルだけが救われやがって─。)
同じ「イオン」という形を持っているのに、まるで違うオリジナルとレプリカ。
シンクには噴火口の溶岩の中で、もがきながら山底へと飲み込まれていく、自分の姿が見える。ブクブクと泡を立てて高温を保っている火口の水面を見つめながら、シンクは自分の外郭がドロドロに溶けていく、予感のようなものに襲われていた。

「そんなに前に出たら危ない!・・・です!」
ガッ、といきなり誰かに腕を掴まれたシンクは、後ろに引っ張られる強い力に体勢を崩し倒れた。
「なっ・・・」
尻もちをついたシンクの下から、イタタ、とうめき声が聞こえた。振り返って見てみるとそれはアリエッタだった。
彼女に引き倒されるなんて。シンクは普段なら有り得ない状況に混乱していた。 あんな考え事をしていたせいで、周りの気配に全く気付かなかったらしい。
「シンク、今にも火口へ落ちそうでした、です。あんなに前にいては危ない、です。」

「・・・・・・。」
─そんなに覗き込んでいたのか僕は。あの不吉な場所を─。
「・・・アリエッタ、シンクが今にも飛び込んじゃうんじゃないかと思って、急に心配になって、思い切り引っ張っちゃった・・・です。 ごめんなさい!ごめんなさい!!・・・です・・・。」

─は?!心配、だって?この僕を?─
普段、自分に放たれる事のまず無い言葉に驚いて、ついアリエッタの顔を見てみると、彼女のいつも困ったように下がっている眉毛が、一段と下がってしまっている。
「・・・ぷっ。」
気付けばシンクは、あははは!と大きな声で笑っていた。

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