Stalwarts vol.10

六神将/リグレットの話

手首を握るヴァンの両手に、更なる強い力がこもる。
リグレットは軽く眩暈を覚えた。


「ユリアの預言を、ユリアの子孫が消滅させるのだ。こんな愉快な話は他にあるか?」
この男は、今度は一体何を言い出したのだろう、とリグレットは思った。
話しの展開が速過ぎて、その一つ一つを理解するのに時間が掛かる。
しかしヴァンが言っている事が全て世迷言、とはリグレットにはどうしても思えなかった。
「…子孫?」
力の入らない身体を辛うじて保ちながら、ようやく小声で聞き返した。
「そうだ。私の本名は、ヴァンデスデルカ=ムスト=フェンデという。
預言を詠んだ、あのユリア=ジュエの正統な血族の末裔なのだ。」

「…っ!」
今度ばかりはさすがにリグレットは驚きの声を隠せなかった。
ヴァンがそのような血筋の者であったとは。その事実は、はるかに想像の域を超えていた。
確かにヴァン=グランツという人間は、例の件を除けばリグレットには非常に優秀な人物に思えた。
それに加えてユリアの末裔であることを鑑みれば、その壮大且つ大胆な構想を掲げていても、
いよいよおかしくはない。

リグレットは、この男が目指しているものの根底にある一番重要なものが、
ユリアの預言を真っ向から否定するものなのだ、ということをこの時ようやく理解した。
過去に自分から最愛の弟を奪った、預言に縛られた愚かなこの世界を根本から覆し、
新しい形に変革する理想郷への覇道。
そしてこの男ならそれを実現することが出来る。
リグレットがそう確信するには時間はかからなかった。

「私の真意は理解してもらえたかな、リグレット。」
ヴァンは甘い言葉を囁くように、優しい声でリグレットに問うてきた。
「…はい。」
リグレットはその言葉に素直に頷き、何かを乞うような視線でヴァンを見上げた。
「私も微力ながら、閣下のお力になりたいと思います。」
「頼りにしている。」
ヴァンは満足そうに視線を返した。
リグレットは声に更に力を込めて続ける。

「我が身を賭して、その実現に尽力をつくしたいと思います。…あなたの為に。」
ヴァンを見つめるリグレットの瞳が揺れている。
その視線を真っ直ぐに捉えて、ヴァンは微笑みを湛えて囁いた。

「お前は私が当初から見込んだ通り、私にとって無くてはならない人間となった。」
「閣下…。」
リグレットの頬に微かに誇りと喜びの色が浮かぶ。
「私の片腕であり、副官としても部下としても、だ。」
ヴァンはリグレットとの距離を、更に一歩距離を近づける。
「…そして一人の女性としても、な。」
そう言うとヴァンは、リグレットを自分の元へ引き寄せ力強く抱え込むと、その唇を否応なしに奪った。

(この男の副官になる、という提案を受け入れた時点で私は既に篭絡していた、とも言えるかもしれない。)
ヴァンの口から語られる、幾度となく繰り返された言葉を受け止めながら、リグレットはそんな事を考えていた。
そしていつもしているように長い間、薄曇の空からぼんやりと射し込む月明かりを浴びて浮かび上がった、
その横顔の曲線を何度と無くなぞり続けている。

私がこの男の事を考える時、思い出すのはいつもこの横顔だ。
巧みな話術で腹心を増やしてきたその口は、時に我々を叱咤激励し、時に我々を心酔させる。
筋の通ったその鼻は、敏感に人間の本質を嗅ぎ分け、
メシュティアリカと同じ色をした、藍味の掛かった深いブルーの瞳は、
常にある一点のみを見続けている。

その志、その意志の強さ。指導力と吸引力。勤勉且つ誠実であり、又大胆であり且つ繊細な内面。
どれをとってみても、やはりリグレットには魅力的に映る。
顎鬚を蓄えたその口から語られる理想は強烈な輝きを放ち、預言から開放されたいと願う者達の心を鷲みにする。
そして今も昔も、それらがぶれたことは一度も無い。

(遅かれ早かれ、私は必ずこの男に惹かれていたであろう。)
リグレットはそう考えている。
(そして私は今、この男が求めるものの為であれば、自分の命を賭してでもそれを手に入れさせたいと願うのだ。)

自分の隣でまだ語り続けているヴァンを、今度は愛しげに見つめながらリグレットは思う。
例え互いが互いを見つめ合っていなくとも、そのベクトルが同じ方向へ向かってさえいれば良い───と。
<終>

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