Circle vol.6

ED前ジェイドの話※架空設定

ND2008。
その日は水の都と呼ばれるグランコクマの街も、何年か振りの異常気象による大雪で、白一色に染まった。
やや小降りになった雪の中、いつもの軍服の上にモスグリーンのコートを纏ったジェイドは、何ヶ月か振りに戻る自宅への帰路を急いでいた。
カイツール西で勃発した、、キムラスカ軍との戦闘の処理が思った以上に長引き、いつも以上に自宅を空けてしまったのだ。
「・・・とはいえ、心配するような妻も子もいない、気ままな独り身ですが。」と、やや自嘲気味に呟いて、かなり足早になっていた自分の姿を思って少し笑った。

そのうちに商店街エリアに差し掛かり、既に閉店して真っ暗になっている、いつもの酒場の前を通り過ぎようとした時、突然暗闇の中から、
「大佐!!」
と聞き覚えのある声に呼ばれて、ジェイドはおやと立ち止まった。
「ああ、その声はニコルですか?久しぶりですね。」
うす暗い街灯の下でかろうじて、その姿を捉えることのできた彼女は、雪の降る中なのにも関わらずえらく薄着だったので、帰り支度の途中だったらしい事を容易に想像させた。

「・・・この所、ずっとおいでがないので心配してました。」
やはりその格好では寒いのか、彼女は小刻みに肩を震わせていた。
「風邪をひいてしまいますよ。さあ、これを。」
そう言うと、ジェイドは自分のコートを彼女に羽織らせた。
「カイツール方面での任務が少々長引きましてね。やっと先程戻った所なのですよ。新しい酒の名前を考えると引き受けておきながら、長く行けずにすみませんでした。」
それでも候補はいくつかもうあるんですよと言い、軍服の内ポケットからメモを取り出そうと片手を入れたその時、どん、と彼女が身体ごとぶつかるようにもたれかかって来た。
上品で清潔感のある、いつものフローラルの匂いが、今はとても近くでふわふわと香る。

「ニコル?」
「心配したんです、私・・・ほんとに。」
そう言って彼女はわっと泣き出した。
ジェイドは突然の事に少々途惑い、メモをつかんでいない方の空いた手のやり場に困ってしまった。
「父が・・・父が亡くなったんです。今回の遠征で。」
途切れ途切れの声でようやく彼女は言った。

「大佐も同じ時期から店にいらっしゃらなくなったので、まさか大佐までと悪い方へ悪い方へと考えてしまって・・・。毎日気が気ではありませんでした。」
「そうですか、お父上が・・・。」
実際、今回のカイツール西方面戦の被害は甚大だった。
ジェイドはカイツールから少し離れた別の場所で、少数部隊を率いて工作活動をさせられていた今回の作戦を思い出し、自分が初戦から指揮していればこんなことには、と苦い思いをしていたのだった。

「ニコル。お父上の件は本当にお気の毒な事です。父娘二人暮しですからさぞ辛いことでしょう。ゆっくりと話を聞いてあげたい所ですが、もう夜も遅い。あなたをご自宅までお送りしますから、店に荷物を取りに行って、今日は帰って休むことになさい。」
と言ってたしなめた。そしてまるで何事も無かったかのように、店に向かってジェイドは歩き出した。
泣いていたニコルも、素直にはい、とだけ言って、とぼとぼとそれに続いて歩き出す。
粉雪の舞う中、二人の間には長い沈黙が流れた。

「父はもう歳でしたし。・・・それに自分は、最期は戦場で散るのだと、いつも私に言い聞かせていました。」
帰り道を二人で黙って歩いていると、その内、ぽつりぽつりとニコルは話し出した。
「わかってはいるのです。軍人とはそういう生き物だ、という事も。父は幸せだったと思います。前線で死ぬことは父の本望でしたから。でも・・・」
そう言って、彼女はまた沈黙した。

「・・・着きましたね。」
と、街外れにある彼女の自宅の前まで来た時、今度はジェイドが先に口火を切った。
「では戻ります。あまり思いつめないように。」
とだけ声をかけて、来た道を引き返そうとしたジェイドの前に、ニコルが走り寄ってきて立ち塞がった。
彼女の色の白さが暗闇の中で、いつも以上に浮き立っている。
「大佐にもしもの事があれば、私は・・・私は・・・」
大粒の涙を浮かべた透き通ったブルーの瞳が、眼鏡の奥の深紅の瞳を真っ直ぐにとらえた。

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