DropsⅣ vol.3

ED後の話

「やっぱ繋がらないか。今日中は無理かな。」
輸送の手伝いを頼もうと、朝からアルビオールでエルドラントに行っているはずの妹に、先程から無線で連絡を送り続けていたギンジは、やっと繋がって返答してきた妹の、声の様子がいつもと違うことにすぐに気づいた。
「確か、ガイさんの供をしているはずだが・・・。」
何かあったのだろうか、と考えて、そしてギンジには唐突にピン、ときた。
前々から何となく引っかかっていて、でもまだ尋ねるほどのことではない、と考えていた、妹が隠している気持ちにたった今、確信を持ってしまったのだ。
「しかもあいつ、泣いてたみたいだ。」


新機関飛空艇のテスト走行と称して、ケセドニアに行っていたギンジは、いつもの請負で立ち寄ったノワールの元で、思いがけない人物に遭遇した。
それは、平時であれば通常は本国宮殿にいるはずの、マルクト帝国皇帝ピオニー九世の、若々しく変装した姿だった。
「いよぅ。ノエルの兄貴じゃねぇか。確か・・・ギンジ?だったよなぁ。」
気さくに話しかけてくる現皇帝に、ギンジは身体を硬くして挨拶をした。
妹のノエルが、マルクト帝国皇帝と当時から親しくしているのは知っていた。だが、アッシュの専属として主に三号機の操縦管を握って飛び回っていた自分は、ピオニーとは数えるほどしか面識がなかった。それなのにピオニーの方は、自分の顔と名前を覚えてくれていたらしい。

突然の高貴な人物との対面に、眼をまん丸くして直立に硬直したままのギンジに、ピオニーは気軽に話しかけていた。
「お前見てると、誰かを思い出すなぁ、と初めて会った時から思っていたんだが、今やっと分かったぜ。俺んトコにいたアスランだ。」
アスラン。その名前も妹から過去に何度か聞いていた。
マルクト帝国軍人でありながら、物腰柔らかく、一般人のノエルにも、いつも丁寧に対応してくれる、親切で温厚な少将、アスラン・フリングス。
皇帝もいたく可愛がっていたが、キムラスカ王国軍のジョゼット・セシル将軍との結婚を目前にして、惜しくも亡くなられてしまった、という話だった。
「そんな素晴らしい方に似ている、などと言われるとは、光栄の至りです。」
ピオニーは懐かしそうにギンジを見、それからはた、と気付いた様に言った。

「アスラン、で思い出したんだが、お前、今日は飛空艇で来てるのか?」
「はい。バイオ燃料機関でのテスト走行中なので、地熱発電で動くように改良されたアルビオールほどには速度は出ませんが。」
「そうか。アルビオールはすっかりガイ仕様になってるらしいからな。」
とピオニーは答えて、ガイとも蜜に親しい様子を見せた。

「ノワール嬢に頼みに来たんだが、丁度いいや。ギンジ、ちょいとベルケンドまで飛んで、ナタリア姫をここまで送ってきてくれねぇかなぁ?いくら速度が出ないからったって、ノワールの地上走行車よか早いだろう。」
言ってポン、と気軽に肩を組んできた、皇帝たっての頼みをギンジが断れるはずもなかった。
「し、承知しましたっ!」
ドギマギしてギンジは答えた。
「ナタリア姫には、ベルケンド知事とここの領事館を通じて連絡は取ってある。急な頼みごとですまねぇな、ギンジ。」
一国の皇帝であるはずなのに、この飾らない態度は何だろう。
不思議に思いながらも、ギンジは、皇帝にしては少し口の悪い、まるで武道家のように引き締まった身体をした人物に好感を持った。

「悪いねぇギンジ。あたしも陛下の頼みごとは断れないのさ。すぐに出発してくれるかい?」
艶っぽい仕草で椅子に腰掛け、この二人のやり取りを眺めていたノワールが、初めて口を開いた。そして、あたしもあの姫には言っておきたい事があるんでね、とも言った。
「ま、まさか!」
ギンジの頭にアッシュの顔が浮かんだ。
いくら自分が、アッシュを最近狙っている奴等がいるらしいという噂を知ってはいても、ナタリアにその話をするに違いない、この二人の片棒を担がされるのは嫌だった。アッシュの居場所は言わないよう、本人に硬く口止めされているし、言いたくない事情があるらしかったからだ。
だからこの事をアッシュが知れば、怒るというよりもむしろ、裏切られた、と思ってしまうのではないか、とギンジには思えたのだ。
「ぼ、僕がナタリア様を送迎したことは、絶対にアッシュさんには言わないで下さいねっ!!」
「わかってるよ、ギンジ。」
そんなギンジの気持ちを察しているかのように、ノワールはふふふ、と笑って相槌をうった。

その後、ベルケンドとケセドニアを往復したギンジは、久々に再会し、次から次へと質問をしてくるナタリアに対し、必要以上の口は聞かなかった。
そうしていないと、自分はポロリ、と口を滑らせてしまうに違いない。
その心配がギンジの大部分を占めてはいたが、その他にも実は気になることがあった。それはナタリアに同行していた、セシル将軍のことだった。
以前も見かけた機会はあったが、こんなに美人で聡明な人物だとは思ってもいなかったのだ。
ナタリアの言葉を聞き流しながら、何度となく、ギンジはセシルを盗み見していた。すると不思議なことに、彼女の方も時々こちらを見るので、何度も視線が合ってしまうのだった。
ギンジは思った。
「やっぱり僕、どこか似ているのかな・・・フリングス少将に。」

Page Top