DropsⅤ vol.1

ED後の話

何種類もの香辛料がふんだんに入ったケセドニア料理は、一年を通じて蒸し暑い気候の土地柄らしく、発刊作用の強い物がより多く使われている様だ。
「日差しが強くて外気温も高く、少し歩いただけで身体中が火照ってしまうというのに、辛い料理を食すことによって、更に汗をかく、ということには何か深い意味でもあるのでしょうか?」


ナタリアはここに立ち寄る度に思っていた疑問を、自分の目の前で山盛りになった、見るからに辛そうな料理を、美味い美味いと食べ続けているピオニーにぶつけてみた。
「ん?暑い所に来てなんでわざわざ汗をかくような飯を食うのかって?」
激辛料理にも強く、その身体の色から想像するに、ピオニーは元々、暑い国の生まれなのかもしれない、とナタリアは思った。
口一杯にその料理をほおばったまま、むぐむぐ、とピオニーは答えた。
「そりゃ~、暑い所に来たら徹底的に暑くなる、っていうことこそが醍醐味なんじゃないか。」
ベルケンドの知事にピオニーからの伝言を受け取った時、スピノザとの会話は丁度終わりかけていた所だった。礼を言って研究室を退室したナタリア達は、促されるまま、知事邸へ向かうことにした。
「陛下直々にケセドニアまでいらっしゃるなんて、何の御用なのでしょう。」
とナタリアは不思議に思ったが、何かに気づいたらしい、セシル将軍の強い勧めもあって、すぐにそちらへ向かう旨と、よりよい移動手段があったら手配して欲しい旨を、知事より領事館へ返信してもらってあった。
再度ピオニーからの伝言が来た時には、ナタリア達は知事邸で、新燃料関発の進行具合についての説明を受けていた。

あの頃はこの短期間で、バイオテクノロジーによる新燃料使って飛空艇が動くまでに技術が進歩していようとは、予想だにしていなかった。それだけに人類の可能性というのは、未知数に広がっているのですわね、とナタリアは言った。
それに加えてダアトにて管理運営し、ティアも職務を担当しているという、もう一つの新燃料である、地熱発電の存在もある。
「わたくしたちも、記憶粒子の取れなくなった世界で、ここまで成長してこられました。わたくしたちにはまだまだ可能性があり、選択肢も一つや二つではなく多岐にわたってある、ということに、預言が無くなってやっと気付く事が出来たのです。」 これも皆、あなた方のおかげですわ、ルーク、アッシュ。
しかしここまで辿り着くまでに、何と多くの尊い犠牲を払わなければならなかったことだろう。
ナタリアは、国を繁栄させ、存続させてゆく、ということの本当の難しさと、その責任の大きさに、正直押しつぶされそうになっていた。


「こんな時、傍にあの方がいてくださったら・・・。」
そう考えて、ぶんぶん、と大きくかぶりを振った。この所、少しでも油断すると弱気が頭をもたげてくる。
一瞬でもそう考えてしまった自分に、ナタリアはいい加減、嫌気が差し始めていた。
自分が辛いときにすぐに殿方に頼ろうとするなとど・・・。
一国を担う王女である自分と、一人の女性である自分との間に起こる葛藤が、ナタリアの心を頑なにさせていた。

昼時を大分過ぎた店内で、食事をしているのはピオニー達位のもので、大半の人は皆、酒を食んでいた。
その為、人の数はまばらだったが店の中はそれなりに騒がしく、二人の身分がバレてしまう心配も無さそうだった。
お互いの国の現在の状況や世情を大方報告し合った後、ピオニーは何気ない世間話を始めた。
ナタリアとしてはこの機会に、一国を担う者同士に通じる迷いや悩み、といったようなものを是非ピオニーからも聞きたい、と思って色々質問してはみたが、 目の前に座っている大酒飲みの若き皇帝は、元来筋金入りの楽天家らしかった。

「平時は下の者に任せる。何か起きれば俺らは全力を尽くす。それでいいんじゃねーか?」
ナタリアが以前ピオニーに見た、皇帝としての威厳や高貴さは、そう感じたのが気のせいに思えてくるほど、今、目の前にいるピオニーはあっけらからん、としていた。
「姫さんは、ん~、そう、あれだ。頭が固すぎる。」
一通り食べ終えて、何杯目かのビールジョッキを楽々と空けてしまうと、お替りを注文してからピオニーは言った。
「白黒はっきりつけるのもいいが、人間、灰色の部分も多いからな。」
「それを言うために、わざわざわたくしを呼び出されたのですか?」
ナタリアは自分でも常々思っていた事を、あっさりとピオニーに指摘されて、つい怒り口調になってしまった。
しかし、そんなナタリアの様子をものともせず、またそうやってすぐ怒るぅ、などと軽口を叩いてピオニーも応戦する。

「あんたがいつまでもそんな様子じゃ、俺もあいつの話を切り出し難いなぁ。」
「あいつって・・・もしかしてアッシュのことですの!?」
ピオニーがかけたカマに、あっさりとナタリアは引っかかった。やはりナタリアは戻ってきた“彼”のことを、あれは“アッシュ”なのだ、と信じて疑っていないようだ。
根が真っ直ぐで素直な分、盲目的に正しい答えというものを求めてしまうのだろう。けれど今は、灰色でしかいられないのであろう、アッシュの事を心底理解するには彼女にも今、余裕が無さ過ぎる。
「あいつが“アッシュ”なんだか“ルーク”なんだか、俺には解らねぇさ。でもあいつが今、反組織軍に命を狙われている、という事だけは確かだ。もっとも、あいつ自身も既にそれに気が付いてはいるだろうがな。」

初めて聞く事実とその大きさに、ナタリアは驚きで言葉を失ってしまっている。ピオニーは、今度はうって変わって真面目な顔をして言った。
「今のあいつがどっちでも、俺はあいつを助けたい。しかし、俺らを避けている理由が聞けなくても、あいつを信じてやる事が、今のあんたに出来るかは、俺には甚だ疑問だ。」
「!」
ピオニーにそう告げられたナタリアは、更にショックを受けたようだった。
注文していたビールがやっと出てきて、ピオニーはそれを一気に飲み干すと、再び替わりを注文した。
「お前さんだって、あいつが何故身を隠しているのか、考えた事あるだろう?だがよ、俺に言わせりゃ、そんなもんどっちだっていいだろうが。会いに来れるようになったら、必ずあいつから会いにやって来る。それを待ってやる位のこと・・・お前さんなら出来るよな?」
出来ない─とは言わせない、という様のピオニーの問いかけに、ナタリアは俯いたままになってしまった。

「でも・・・きっと・・・アッシュなら・・・」
ピオニーがこちらをじっ、と見ているのが分かる。
かろうじて、そう小声で呟くように、ナタリアは言った。
「あの方がもしアッシュなら・・・きっと今でも深い孤独を感じている、と思うのです・・・。私が傍にいることで、アッシュの心を癒して差し上げられるのなら、と・・・」

「ちょっと。いい加減におしよ。」
突然斜め後ろのテーブルから、聞き覚えのある声が降ってきた。
振り返ると、大きなサングラスで顔を隠し地味な服に身を包んだ、暗闇の夢のトップスター兼支配人、ノワールがすぐ側に立っていた。

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