DropsⅤ vol.2

ED後の話

「あんた、さっきから聞いてりゃ自分の事ばかりで、あの子の事なんか、ちっとも解ろうとしてやってないじゃないか。」
「おいおいノワール。落ち着けって。」
怒り心頭、といった様子でまくし立てているノワールを止めに入ったピオニーだったが、思いがけない強い力で手を振り解かれ、椅子ごと後ろに転げ落ちた。


「人間なんてのはね、皆、孤独なんだよ。それを抱えて毎日生きてる。自らの孤独を受け入れて、初めて他人に優しくなれるんだ。あの子だって、そうさ。克服しようと必死に戦ってる。それなのにあんたときたらどうだい?」
ノワールはどんっ、とナタリア達のテーブルを拳で叩いた。
「自分で自分に打ち勝ても出来ないで、アッシュの為、アッシュの為、って。本当は自分があの子に慰められたいだけじゃないか。」
ノワールは一気に言葉を吐き出して、ぜいぜい、と息を荒くしていた。
床からそろそろと身体を起こして、ピオニーがテーブルの上の様子を覗き見ると、ナタリアはノワールを見つめたまま、既に大粒の涙を流していた。

きっと自分でも解っていたのだろう。ノワールの鋭い指摘に何の反論もせず、ただ唇を震わせて耐えていた。それは、突っ伏して泣いてしまいたい、弱い自分の感情と戦っているようにもピオニーには見えた。
「・・・あなたのおっしゃる通り・・・ですわ。ノワール。」
掠れた声でナタリアは言った。
「わたくしは、あの方を見失った恐怖感や空虚感に耐えられず、終には逃げ出してしまっていただけなのです。」
反対側を見てみると、ノワールも落ち着きを取り戻していた。
「あの方を見失った、という事実を直視しようとせず、ただただ毎日忙しくすることで、それを忘れようとしていただけなのです。でもあの方に再会して、そのガードすらも砕けてしまった・・・お恥ずかしい限りですわ。本当に彼を信じて待つ、ということは、そういう事ではありませんものね・・・。」
何事かと、騒ぎを遠巻きに見ていた他の客達も、静かになったテーブルに興味を失ったように、それぞれのテーブルへ戻っていった。

ノワールは、先程からずっと震えているナタリアの肩に、そっと自分の手を置いて言った。
「・・・よく理解してくれたね。キツイこと言っちまって、悪かったよ。」
「いいえ、わたくしの方こそ、ハッキリ言って頂けて良かったですわ。」
二人とも、笑顔を交わし始めていた。
「今のあんた、になら教えとくよ。」
ウ、ウンッ、と一つ咳払いをしてノワールは告げた。
「今、あの子はあたし等んとこ、で働いてる。心配ない。怪我もなく元気にやってるよ。」
「そう─ですか。それを伺って安心しました。」
ナタリアは言った。
「わたくしは、もう大丈夫です。あの方がご無事でいらっしゃるのなら、今はそれが分かっただけでも・・・。」
そしてナタリアは祈るかのように微笑んだ。

「・・・さすが、あの子が愛した女、なだけのことはあるね。胆の据わり方も半端じゃないわ。」
ノワールがそう言うと、途端にボッ、とナタリアの顔が真っ赤になった。
「あの子は前みたく口には出さなくはなったけど、心の中ではきっと、今もあんたを支えにしてる。あたしにはそれが解るのさ。」
それを聞いたナタリアの瞳に、喜びの色が浮かんだのを確認して、ノワールは満足そうに頷いた。
そして、
「じゃ、あたしはこれで退散するとするよ。あんたと話せて良かった。」
またね、と軽くウィンクすると、振り返りざまにピオニーにも目配せをして、ノワールは飄々と去っていった。

頭から湯気の出続けている(様にピオニーには見える)ナタリアの目の前の席に倒れた椅子を戻して、ピオニーは改めて座りなおした。
「いやぁ、悪かったな。姫に会う、って言ったら、どうしてもって言って勝手についてきちゃってさ。」
ふるふる、とナタリアは首を振った。
「いいえ。彼女のおかげでやっと眼が覚めましたわ。」
ピオニーの方へ向き直ると、ナタリアは続けた。

「アッシュを傍らで見続けてきた彼女だからこそ、わたくしの不甲斐なさが腹に据えかねたのでしょう。」
自分の弱さを真正面から見つめ直し、それを受け入れたナタリアは、迷いの吹っ切れた様子で、とても爽やかな笑顔をしていた。
「あの方の件は皆様にお任せします。わたくしは、キムラスカ王女の立場としての手助けを、出来る限りしてゆく事に徹底致しますわ。為政者としてやるべきことの、御指示を下さいませ、陛下。」
「ようし。それでこそキムラスカ王女の言うセリフだ。あぁ~、俺があともう10歳若かったら、あんたを妻にもらうんだがなぁ。」
本気でそう思っているのか、思っていないのかはわからないが、ピオニーは悔しそうな声を出してそう言った。
「・・・そういえば、妻、で思い出しましたけれど、ベルケンドでディストに会った時にお聞きしましたわよ。ネフリー知事の離婚のお話。 陛下はこれからどうなさるおつもりなのです?」
「・・・はぁ?!」
離婚の件は寝耳に水だったピオニーは、素っ頓狂な声を上げた。
この様子だとピオニーとネフリーの事は、アニス辺りから以前に聞いていたのだろう、ナタリアは興味津々な顔になってピオニーを見ている。
「あんの・・・すっとぼけ長髪眼鏡め・・・」
形成はすっかり逆転し、今度はピオニーがナタリアに諭される番だった。

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