DropsⅨ vol.3

ED後の話

以前は譜石を詠む預言者が常駐していた通称譜石部屋は、今では様々な文献や史実書なども置かれた資料部屋として使われていた。
その内の装飾の古い、分厚い一冊を手にとって、ジェイドはその細かい文字の羅列に目を走らせていた。
「書物から得られる知識とは、尽きないものですねぇ。」


ナタリアの待つ会議室へとルークを送り届けたジェイドは、来賓用控え室に集まって皆と雑談を楽しんでいたピオニーに声を掛けた。
「陛下。そろそろお暇しましょう。」
「おいおい、ジェイド。何言い出すんだよ。」
入り口に背を向けた形で椅子に座っていたピオニーは、首だけを振り返らせてジェイドに言った。

「長い会議がようやく終わったんだ、ティータイム位ゆっくり取らせてくれよ。」
「そう言って、また午後の議会をすっぽかすおつもりですか。」
「定例会が延びるかもしれないから今日の議題は皇帝不在で進めておけ、と予めゼーゼマンには話してある。」
ぬかりはない、といった様子で答えたピオニーは、それから、あっ、という顔をして、
「・・・お前、まさか逃げようとしてるんじゃないだろうな。」
とジェイドに言った。

「誰が、いつ、何から逃げようとしている、と言うのですか。」
「ま、いいさ。とりあえず、お前は譜石部屋で時間でも潰してろ。俺がルークに伝えといてやる。大体、この期に及んで意地を張るなんてのは、年の割りにみっともないぞ。な~?フローリアン?」
とピオニーは、隣に座っていたフローリアンに無理矢理同意を求めていた。
困ったように苦笑しているフローリアンを見てジェイドが、
「この中で、一番年若い導師にそう聞くあなたの方が、私は余程大人気ない、と思いますが?」
と言い返すと、
「はいはい、分かりましたよ、カーティス大佐。分かりましたから、さっさと譜石部屋で待っていて下さい。」
と普段使わない、変な丁寧語を使ってみせて、ピオニーはジェイドに背を向けて手だけで、しっ、しっ、と部屋から追いやった。

「・・・事実は小説より奇なり、ですか。」
仕方なく譜石部屋に移動したジェイドは、ぽつり、と一人ごちた。
普段、彼が読むのは主に専門書や論文、歴史文献などで、小説の類はほとんど読む事はないのだが、今回の件は、裏づけのあるそれらの書物でさえも記し得なかった事象に当てはまる。
開いていた本をパタン、と閉じると、ジェイドはそれを元の棚に戻した。
本の内容がいつもの様にすんなり入らないので、これ以上読み続ける事を止めにしたのだった。

部屋の奥まで歩いて行って、つい、と天井を見上げ、創世記時代に造られたここ、ユリアシティの建物をジェイドは改めて眺めてみる。
過去にこれだけの技術があったという事は、いずれはこの世界にも、その技術は再び蘇る、という事だ。
しかし、それは一体いつの事になるのだろう。
繰り返される歴史の必然性にジェイドは思いを馳せていた。

「歴史は繰り返される。何度でも。そう、何度でも。」

「ジェイド。」
呼ばれて振り返ると、自動に開いた入口の扉から、ルークがすまなそうにして部屋の中に入ってきた。
「ピオニー陛下から、ジェイドはここにいるって聞いてさ。時間取らせちまって、悪かったな。」
「いえ。ここには興味深い書物が沢山ありますので。」
本の背表紙を、それは高くまで積み上げて並んでいる本棚を見上げて、ルークはひえぇ~っ、と声をあげた。

「ジェイドはあんだけ知識があんのに、これ以上まだ詰め込む気かよ。」
「人間一人が知識を養うにしても、一生という時間制限がありますからねぇ。まぁ私のように、知識だけあっても人間に対しての繊細な配慮に欠ける、というのもどうかと思いますがね。」
とジェイドは自嘲するように言い、
「・・・今回の件でも私には、もうこれ以上はどうする事もできませんし、あなたに対しても、慰めの一つも言えませんからね。」
と首を振った。
するとルークは、
「んなこと、ねーよ。」
と反論して続けた。

「あんたが今まで俺に、下手に慰めなんかを言わずに、事実を事実として淡々と話してくれたおかげで、俺も下手な期待をしなくて済んだんだ。でも、それは希望を無くす、という意味じゃねぇ。現実を受け入れた上で、希望を見出すという事の大切さを知った、っつーかな。」
ジェイドは何も言わずにルークを見ていた。
「実際、現実を受け入れるのには時間も勇気も要ったけど、でもそれを乗り越えたら、俺の中から恐怖が消えた。そして諦めとも虚無とも違う 何ていうか、達観する?・・・みたいな感じになったんだ。自分の感情に虚勢を張る事も、嘘で誤魔化す事もなく、とても自然な感じでさ。」
ルークもジェイドを見返していた。

「昔の俺は、自分の思い通りにいかないとすぐ怒ったり、誰かのせいにしたりして本当に子供だった。そんな俺は、世界のこと、人類のこと、それ以外にも沢山の知識をあんたから貰った。いや、それだけじゃねぇ、これからの生き方、みたいなものまで、あんたに教わった気がするよ、ジェイド。」
「・・・買い被り過ぎです。私はそこまであなたに教えた覚えはありません。」
ルークから視線を外してジェイドがそう言うと、ルークは、
「言葉では教わってないかもしれないけどさ、一緒に旅していて、いつの間にか教わってたんだよ。」
と言った。

「ヴァン先生が俺の剣の師匠なら、ジェイドは俺の頭の師匠・・・あれ?頭の師匠、っておかしいな。」
「頭の・・・ですか。」
オタオタと言葉を捜し続けているルークに、もう結構ですよ、要するにあなたがおっしゃりたいのは、という体でジェイドが言った。
「まぁ言うなれば、広義的な意味でのイデオロギー、リアリズム、又は普遍概念などの啓蒙、といった所なのでしょうか、ね?」
「う・・・・・・。」
「今のは冗談です。」
「ま、まあ、いいか!そう、だからさ・・・」
と、ルークは気を取り直して続けた。

「俺がこの世に生まれてきて、それから、色々な事が自分の身に降りかかってきて、悩んだり考えたりして出した、答えの結末はこうなっちまったけどさ。俺はこの世で、少しでも生きることが出来て、本当に良かったと思ってる。
俺が生まれたのも、この世で少しでも生きられたのも、そして今度こそ、悔いなく消えることが出来るのも、あんたのおかげだと感謝してる。だから、ほんと、ありがとな。ジェイド。」
「・・・ルーク。」
それを聞いたジェイドはルークに、この日初めての柔らかい表情を見せた。

「それを伺って安心しました。私もいくらかは、あなたの役に立てていたのですね。」
するとルークは、当たり前だろ、と言って、ジェイドに左手で握手を求めた。

「あんたが俺にしてくれた事は充分すぎるほど沢山あって、それは眼に見えるものや形が残るものだけじゃない。そしてその礼を、最後にあんたに言っておきたかったんだ。」

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