「ティア=グランツの様子はその後どうだ?」
深夜にまで及ぶ残務処理にようやく終わりをつけたヴァンは、執務室がリグレットと自分の二人きりになった事を確認してから、
忘れていた案件事項の報告をついでに聞くように尋ねてきた。
「はっ。順調に訓練を重ねております。」
その問いに、即座にリグレットは答える
直属の上司と部下との関係が、既に出来上がりつつあることを、それは如実に表していた。
リグレットが、ヴァンよりティアの実戦訓練を任されてから早半年が経とうとしていた。
始めこそティアを利用しようと目論んでいたはずのリグレットであったが、一緒に訓練をする時間を重ねてゆくうちに、
ティアの訓練へのひた向きさや情熱、純粋さを伴った一所懸命な姿に次第にうたれ、
いつしか警戒さえも解いてしまっていた。
今では彼女に対して、教え子に持つ情、ととれなくもない助言や忠告を与えている始末である。
我ながらグランツ兄妹を信用し過ぎだ、と思わないでもない。しかしそれは、ティアのみならずヴァンの方も同様であった。
現在リグレットは第四師団の師団長となり、そのまま昇格した形となった主席総長付副官と兼任している。
ヴァンは主席総長となるにあたって、懇意にしていた教団員のラルゴとディストを、それぞれ第一、第二師団師団長に任命していた。
師団は全部で六師団あり、その半分の長はモースの息がかかった人物が配置されている。
主席となった自分に余計な詮索を招かぬよう、敢えてそうなるようヴァンが促したのだが、
いずれは残りも自分の手駒で埋めようという魂胆である。
そういう点においてヴァンは、相変わらず抜け目がなかった。
「ティアは非常に優秀です。時間が無く、訓練は詰め込みになっていますが、良くついてきていると思います。
士官学校の同期候補生の中でも、最上位の部類に入る成績であるでしょう。」
と、リグレットは率直な感想を言った。
「…そうか。」
自分から聞いておいてヴァンは残念そうな、それでいて嬉しそうな、複雑な表情を見せた。
ローレライ教団の士官学校における授業で重要視されているのは、やはり戦闘能力である為、
教養科目の時間はさほど多くは振り当てられてはいない。
しかしその内容は、地理、歴史、物理、数学、生物、科学、語学、地質学など多岐にわたっている為、
候補生達は少ない時間でまんべんなくやらざるを得ず、
残りは各自が自習して授業についてゆくようにするのが基本であった。
貴重な自由時間を自習の為に時間を割いている者は、歳若い彼らの中でも極少数だった。
しかしティアはその少数派に入っている。
リグレットの同期生でもあり理系分野に明るい、第六師団師団長のカンタビレの元にもティアは、
彼女の授業時間の他にも質問を持ち込んで教わっている様子であった。
理系の割には快活で発想も柔らかく好奇心が旺盛なカンタビレは、ある意味リグレットとは正反対の性格で、
自由奔放に振舞い主席総長であるヴァンにも反目し、教団内でもある方面の者達には顰蹙を買っていた。
しかしリグレットの知っているカンタビレは、元々風変わりな所はあったが、
本来は物事の良し悪しを的確に判別する目を持っており、理由も無しに上役にたて突くような真似はしなかった。
(もしかしたらカンタビレは、既にヴァンの尻尾を掴んでいるのかもしれない…。)
想像してリグレットは焦りを感じたが、カンタビレにそれを問うことなど出来はしない。
ヴァンの副官である自分だ、彼女に真っ先に疑われるのがおちである。
自分はヴァンに味方している訳でも手助けしているつもりもない。
ただ独自で彼の身辺や行動を調べていく内に、ヴァンがやろうとしている事が一体何の為なのか、
これら全てを繋ぐものが一体何なのか、それを知りたいと思い始めていた。
リグレットは一息ついてからゆっくりと口を開いた。
「…閣下。よろしいでしょうか。」
「─なんだ。」
そう返事をして、書き物をしていた机から顔を上げたヴァンの身体に、ピッタリと二つの銃口が向けられていた。
「・・・・・・。」
しかしそれを見てもヴァンは落ち着いている。
リグレットは自分の掌にじわりと汗が滲み出たのを感じた。
「そろそろ閣下の御本意をお聞きしたいと思いまして。」